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目標  製作実例を2000例にすること
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今日の製作実例から


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発泡スチロールの加工業者が贈る

『おもしろ最新アイデア工作集』は
 →こちら (未完)
 
 

『足湯くのいち容器』

これならリラックスできますか

空飛ぶ コウノトリ と 白鳥

本当によく飛びますね 

近所の小学生に脚立の上から
飛ばしてもらいました

「発泡スチロールペーパーでつくるふわふわ飛行機のじょうずな飛ばし方」

表紙絵「始祖鳥」
PDF形式の小冊子


4〜5mm発泡スチロールビーズ
5000個で4グラムですね

写真は 5000個入りです





手作りストレッチポール
アスレチックしませんか


発泡スチロールのビーズ占い

ブロックの加工面をよく見ますと、ビーズが変形してハート型になったものを見つけることが出来ます
そんなハートの数で あなたの愛の運勢を占いませんか
(ブルースキューブ愛の占いキッド)
そして出ました
『ハート型で
発泡スチロール愛のハート占い』

『軽量土のうくん 色白さん』


家庭菜園 家庭園芸用
土壌改良用にいかがですか
姉妹バージョン
『発泡ミンチの発泡ミンちゃん』

発泡スチロールをミンチに挽きました

※ハート、ゴールデンキーなど 』
          こちら←
§§§§§§

 

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営業部デスクの 
    「わたしの研究と製作ヒント集」
 


2011年4月2日   晴れ   訪問者数 102名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、結構バタバタしていた。手元のスタイロが底をつき、次回6月か7月入荷の話には改めて驚いた。これは、昨年来のエコポイント制の影響に今回の地震とその後の仮設住宅需要のための品薄が重なった影響だ。経済とは、確かに生き物だから、一方へ傾き出すと、更にその方向へ進んでしまうものかも知れない。自粛しては、経済は停止するに違いないが、逆にそれ程簡単に流れを変えられるようなものでもないのだろう。悪循環の極へ進むのか、それとも、拡大の契機になって進むのだろうか。今はまだ見えない。いずれにしろ、お上に任せていても何ら答えは出ないのかも知れない。我々は、ただ足元の受け払いに真摯に関わっていくだけかもしれない。どれだけ、不景気でも、売れるものは売れる。買ってもらえるものはある。問題は、この素材が売れるものかどうかに全てが懸かる。或いは、売れるというのならどのように売って行くかに懸かる。それをするのは、お上でなく我々だ。だから頑張るしかない。



      圧し折れし がれきの季節(とき)に さくらさく 希望のうみと たれいひたもふ




2011年4月1日   晴れ   訪問者数 988名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、また、幾つかのお問い合わせも入り、終日、有難い事にあれこれ動いていた。これが悲しい現実なのだろうか。東北から、これだけ離れている我々の所でもじわじわと陰に陽に震災や津波の被害の影響が広がるのが今回の地震の凄さなのだろうか。隣の自動車部品関係の会社が操業時間を短縮し出したのは、矢張り驚いた。例のリーマン以来のことだ。下請けなのだから、従業員ともどもこれから大変なものか。しかし、黙って突っ立っていても、進展は無いのだ。打開策を見出して、挑戦していかなければならない。かといって鐘の鳴る丸いものは無いとなると、知恵を絞る以外にないか。アイデアを出す以外にないか。 大局を見失っては行けないのだろうが、我々中小企業にとって、逆に振り回されても行けないのだ。頑張るしかない。何としても、この時代の変わり目に、生き残り、次の次を見出して商機を掴んで行かなければならない。そして、追加して、何よりも人間本来、仕事が面白くなければならないに違いない。日々、笑い転がる程楽しくなければ何にもならない。仕事って、楽しく無くてはならない筈なのだ。では、その為にどうするべきか。真面目になって真剣に笑うべきか。真面目になって身も心も真剣に楽しく、且つ可笑しくなるべきかどうか。今はまだ実に、難しい課題だ!



2011年3月31日   晴れ   訪問者数 76名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせが入って、有難いものだと思った。発泡スチロールの加工に関するQアンドAが全く更新されていないとの指摘があった。確かに、続きから更新をしたなら、膨大な分量になるのだろうと思った。それじゃとてもじゃないが個人の手に届く範囲を超えているし、そうだブログでもはじめたら良いかなあとも思った。以前、暫くこちらのコーナーを質問回答に使っていたし、それをブログに移すのも有りかなあとも思っていた訳だ。夕方になって、書類の整理をしていたら、液体窒素の容器の実験等でお世話になった方をふと思い出した。もう何年前になるのだろうか、液体窒素容器でその方のご指定されたもののみ、どういうご縁か、どういう不思議か、巧く成功した思い出がある方だった。スプリング栄とでも使って頂いたのだったか。その後、阪大から灯台へ灯台から東北台へ転勤されたのだった。それで、急に心配になり、灯台の物性権に電話を入れて、安否確認をさせて頂いたら「彼なら全く大丈夫ですよ」との返事を頂き、ほっとしたものだった。人間どこでどうなって行くのか解らないものだしなあ。さて、そろそろ今日もまた、てっぱんで尾道焼きの練習をしなければならない。近くのうどん屋のポンコツ中古のモノクロテレビで、昼の再放送を毎回見上げながら情報を集め、家で練習を続けているのだった。何とかお好み焼きの名人になりたいものだ。これからの時代は、お好み焼きが世界を制覇するのだぞ。



2011年3月30日   晴れ   訪問者数 72名
今日も例の製作を続けた。訪問者数の推移を見るに、矢張り、他のソーシャルネット系にも対応して行くべきなのかも知れないと思った。反面、これはこれで、最近になって味わいが少し解りだして、良いものだと思うようになっているし、そんなことでも、この考え方の基本はあれかこれかの選択ではなく、エネルギーは要るが、あれもこれも同時進行がベストなのだろうか。更に、次の次へと、開拓ルートを増やすべきか。昼のNHKテレビで、中近東の戦争ばかりしている国が、東北の被災地に軍の医療チームを派遣した話を流していた。一瞬、わざとら極東まで来るよりも、隣国の戦争で怪我人がごろごろしているのだから、そちらの治療を優先するべきなのが大儀ではと思ったものか。だが、どうやらヘブライ語と日本語には他の諸国と比べ物にならないほど、共通言語が多いと聞くし、インディージョーンズの映画でも無し、ほいほいとこんな遠方までやって来るのも何か意味ありなのだろうか。解らない。何れにしろ、それで助かる人も多いに違いないし、今は救援第一に違いないしなあ、とも、近くのうどん屋のまだひつこくアナログのままでほったらかしの、白黒ポンコツテレビを見上げて考えていた。そう言えば、以前、奈良のウレタンの会社の、中近東へ出張へ行ったって話していた人が居たものだが、最近はどうされているのだろうか。さっぱりお見えにならないようだ。あの国を高く買っておられたものだが_。



2011年3月29日   花待ち通しや晴れ   訪問者数 89名
今日も例の製作を続けた。年度末が近づき、冷酷なようだが、この状況から次の次ぎへと言った計画を立てて行かなければならないのが多くの企業人なのだろうか。状況って言ったって、日々刻々と変化しているのだ。昨日までと今日からとでは、天と地の差程に異なった世の中の変化が、実は、頻繁に起きているのが我々の世界に違いないか。だから、そんな時、朝令暮改は、当たり前なのだろう。しかし、単に、ふらふらしているだけでは無い。飛んでくる弾をかわし、目的地に到着する必要があっての事なのだ。目的は、企業の場合は、あまり多くは無い。ひとつか二つ程度の目的だから、誰でも知ってるに違いないか。解ってはいるに違いないか。問題は、眼前のどちらを進むのが正しい選択かどうかの間違わない判断だけだ。間違わない判断だ。それぞれの戦場でまず勝たなければならない。勝ち続けなれればならない。しかも、それでいて長く継続して行けなければ本当は何にもならない。勝ち続けているうちに、底なし沼にいつの間にか入ってしまったでは何にもならない。危険を迂回して、或いは大きく乗り越えていくと同時に、遠くコンパスを向けて、進路を決めなければならない。100年は続くような進路を、海図に描き続けなければならない。確かに、その意味では、このような大勢の転機においては、我々のようなところでは、遣り甲斐があるのだろう。



2011年3月28日   曇りのち晴れ   訪問者数 125名
今日も例の製作を続けた。昨日は、夢に久しぶりに亡父が現れた。会社がどういう訳だろうか、テレビ等で津波に飲み込まれた悲惨な三陸の町の画像を毎日毎日見ている為なのだろうか、標高30m程度に位置する筈なのだが、建物が津波で流されて、破壊されていた。その跡に、今まで様々な加工に使ってきた金型等が散乱しているシーンが夢に出て来たのだった。そして、跡地が、何者かによってブルドーザーで瓦礫を押しのけて造成されているのだった。それで、夢の中で「大変なことになった」と叫んでいた。このままでは、あの金型まで使い物にならなくなっていくぞ、と、真剣に独り言を言っていたので、夢の中とは言え、全身汗をかいているようだった。呆然と、その造成工事を見ながら、立ちすくんでいる自分が、そこにいるのが判るのが矢張り夢か。暫くして、「こうなったら、これからどうするべきか」と、無力なまでに眼前に継続される工事を見ながら、また独り言を言った時だったか、亡父が現れて、何時ものあの聞き慣れた声で「お前が決めろ」と言ったのだった。結局、何事にしろ、自分で決めるしかない。何事であれ、自分を信じて頑張るしかない。最後の最後まで、諦めず、7回転んだとしても8回目には起き上がり、再度頑張るしかない。前向きに、希望を失うことなく、必ずやり直し出来ると信じて、それに挑戦していく以外に選択肢はないのだろう。前進あるのみなのだ。進むしかない。歩いてもいいし、ちょっと回り道してもいい、休んでもいい、しかし、歩き続けなければゴールは見えないのだろう。


2011年3月26日   曇り時々冷雨   訪問者数 77名
今日もあれこれと準備にバタバタしていた。昨年の11月現象がこの辺りでもまた始まったようだ。前回は、エコ関係で、この辺りでは、必要な熱抵抗値 屋根なら4,6 天井4,0 壁2,2などと決められた関係で、それに充当する断熱材が順次品切れして行った為に起きた云わば、官製のものだった。だから、何となく、抵抗感はありながら、半分地球には優しいからと割り切れたものだった。あれから数ヶ月、漸く、各素材メーカーの増産体制も出揃い、落ち着きを取り戻していた矢先であったか。今回の地震だ。そして津波であった。幾つかの素材メーカーの被災も重なり、東の方から、またまた順次品切れが発生している。住宅関連の押し出し板などは、3ヶ月先まで予約で一杯になっている様子だ。そして、直ぐに手に入らずに泣く泣く商機を逃すところが目白押し状態というから怖いものか。たちの悪いのは、今回の場合、見通しが、良くも悪しくも極端に触れ易いと言う危険性をはらむからだ。例えば、復興需要に食料の確保にと思って加工食品が動くだろうと思えば、船が無いので魚が獲れず、中央市場の入荷が半減したために、加工食品が作りたくても作れないという所もあるという。容器などの仕入れが無駄になって行く。自動車の部品が入らずに車が出来ないのと同じようなことが起きている。やがては、また発泡スチロールでも、売れたくても品物が入らず売れないようなことになるのだろうか。まだ解らない。いずれにしろ勝手な大手のことだ。何をし出すか警戒は必要なのだろうか。


2011年3月25日   曇り後雨   訪問者数 67名
今日も例の製作を続けた。大手と言うのは我々中小からすれば、銀行と同様、晴れた日に傘を貸すが雨が降れば傘を取り上げるものだろう。ふと、今から10年前の、あの悲しき発泡スチロールマンに対して取ったあの銀行とあの大手のことを思い出した。何と、理不尽な、そして何と冷酷な対応を、30年40年の○と○のあだ名で呼び合うような仲であっても、次の日には、赤の他人のような態度を取る非情な裁きを下したものよ。事斯様に、そのことは、臥薪嘗胆、肝に銘じて常々掛かって行かなければならないのが、我々商売という戦場で暮らすもの達の悲哀なのかも知れない訳だ。しかし、所詮は、40年50年継続し得たとしても、本当のところ、基本的な理念において、あの悲しき発泡スチロールマンのとても真似の出来かねる高尚な筈だった社への思い、或いは取り組みにすら、本当は大きな邪念がいつの間にか蔓延してしまったことが,
あの10年前の結末に至った原因なのかも知れない。では、何故そのような隙を悲しき発泡スチロールマンに与えることになったのか。ここがそもそもの肝か。だから、よくよく考えて、次代へ継承することに、実は商売の全てがあるのかも知れない。商売とは、単に売った買ったで始まるような、どこにでもありそうな人と人とのつながりのようなものかも知れないが、その単純な初期の段階において、既に人間の悲しき習性とでも呼べばいいのだろうか。それがきっと、人間にべっとりへばり付いて、両刃の剣のように、にっちもさっちも行かない危険性を周囲に放っていたものであったに違いないか。そうしてほんの僅かな、見えるか見えないかの小さな我欲のような動機において始まった商売には、幾ら智をてらしても、40年がせいぜい限界であったに違いない。それでは到底100年は続かないものなのさ。では、どうするべきか。再度、この辺りをしっかと考える、更に考えるしか、他に前進する術は、我々中小企業にはないのだろう。商売を甘く見ては行けない。鐘さえ鳴れば良いのは、サラリーマンの気休めだろう。我々には許されない。



2011年3月24日   曇り後雨   訪問者数 95名
今日も例の製作を続けた。有難いことに、幾つかのお問い合わせもあり、またバタバタしていた。テレビで見るしかないのだが、情勢は一向に好転を見ないようだ。日々、警察の集計データの数字は増えることはあっても止まることはない、今日の数字は、とうとう25000を越えてきたそうだ。戦後最悪の数字なのだ。このド不景気に追い討ちをかけてまで、これからどうなって行くのだろうかと言った不安は、相当高まっているのだろうに_。 我々の慎ましい日々の生活は第一だった筈だ。その生活は一瞬にして跡形も無く押し流された。その破壊力は、更に拡大し、形を変えて、生活のあらゆる分野に2波3波と、遠く西の方まで届くようになってみると、今更ながらに大変な事態に違いないと思った。芸術家にとっては、まだ、この状況をみて、言葉に上る以前の時間が経過している場面なのだろうか。最初の叫び声がまだ喉元まで達していない段階なのかも知れない。それとも、この状況下で、この時代を、切り出し始めている人も中には、いることだろうか。やがて、ある人は筆でキャンバスに一体何を最初に描き始めることだろうか。或いは、何を最初に造形を作り始めることだろうか。或いは、あのビルの上にぶら下がった大きな漁船をみて、どんな詩を歌うことだろうか。頑張るしかない。頑張るしかない。


       彼岸過ぎ ビルの上にも船歌か やがて悲しき応援歌




2011年3月23日   曇り   訪問者数 79名
今日も例の製作を続けた。一体全体どうしてだったのか、テレビで放射線がどうしたこうしたというニュースばかり見ていたせいで年甲斐も無く不安になったのだろうか、間が刺したのだろうか。こうして過ぎてしまうとすっかり忘れてしまうのだが、昨日は、ひょんなきっかけで、てっきりインフルエンザB型に罹ったとばかり信じてしまい、信じれば不思議と体中が痛みを感じているような気持になって、出歩くにはちょっと遅い時間になるにも関わらず、掛かりつけの医院の門を叩いたのだった。が、開口一発「36度かそこらの平熱でインフルエンザのAもBもあるものか」と馴染みの医者に鼻で笑われて、半分馬鹿にされて、こんな忙しい時期、他の外来患者さんの迷惑だからとは冷たい目線で声に出ないよう言われて、それでも折角よく来てくれたからだろうか、申し訳程度に鼻炎薬を呉れただけで、さっさと箒で掃くように帰らされた次第。どうやら放射線とインフルエンザは直接には無関係と言うことは頭では解っていたのだが、確かにいざ僅かでも飛んできたって言われると我々素人には解らないものだが、これでよーく理解出来たものだった。で、本日は、また気持を改めて、例の自家製加工機 トンボ返しでポン♪ポン♪を動かした。動かして頑張った。頑張って頑張っていたのだったが、そうしながら、またつまらない事をあれこれ考え始めていた。それはこれからの景気についてなのだった。こんな状態で本当に景気はよくなるのだろうか、と。


2011年3月22日   薄曇り   訪問者数 123名



漫画家鎌田洋次ファンの皆さんへ 2011.3.28 

 先日来、ご心配をお掛けしておりました鎌田くんのご両親の安否の件
ご両親元気だそうです
良かったですね

                            「漫画家鎌田洋次くんの世界」 管理人




2011年3月19日   暖薄晴れ   訪問者数 51名
今日も例の製作を続けた。数点急ぎの発送が挟まり、おちおちとテレビの福島原発の消火のニュースを見ている暇は無かった。ニュースをちょっと聞いただけだったが、100度以下に下がったように聞こえた。NHKの「プロジェクトX特別編」のような番組になりそうな例の英雄的な決死隊の消火活動の成果なのだろうか。「地上に降りた天使がどうしたこうした♪」の歌が聞こえてきたような気が一瞬した。まずは安心という所なのだろうか、まだまだ先は長そうなので、よく解らないが、チャイナシンドロームのようなことはないのだろう。この先、太陽光を集めても3000度になるのだから、エコ科学が、高度に進んだとして、太陽光発電で超高温の物体が大量に作られた際にも、重大な事故が発生した場合、矢張り今回のような危機も 違った形で起こりうるのだろうなあと、余計なことを考えていた。電力の供給先を、ここで180度変更するのかどうか、お上の事ゆえ解らないが、いずれにしろ、様々な問題を解決して我々は前進しなければならないのだろうと、よく晴れた春待ち遠しい青空を見上げながら、つまらないことを思った。


2011年3月18日   寒曇り時々小雪  訪問者数 68名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、バタバタしていた。ろくに熱を出しても休めないのが悲しいかな我々中小企業だろうか。3時の休憩の時、懐かしいFくんから電話。また、滋賀の山奥で修行もそこそこに、未だ狸と戯れ時々里山まで酒を買いに下りてくるというmくんの誘いでもあったのかと思いきや、珍しく仕事の話であったか。その仕事の話は、脇において懐かしさで他の話になったものか。Fくんとは、かれこれもう18年は会っていない。その話の中で、思い出したように、仙台に転勤になったMzくんの消息の話が出た。何とも、連絡がつかないそうだ。何てことだろうか。何てことだろうか。人生なんて、本当にわからないものか。昔、18世紀中頃、わが世の春を謳歌していた頃のポルトガル。首都リスボンに、突如大地震があり、津波と火災で焦土と化した時、思想家ヴォルテールが「神はいない」と叫んだそうだ。しかし、時の宰相ポンパル侯爵はこう言ったそうだ「さあ、まずは死者を埋葬し、そして生存者の手当をしなさい」と言って直ちに、リスボンの再建が始まったという逸話があるらしい。





2011年3月17日   寒曇り時々小雪  訪問者数 80名
今日は朝から熱気味だ。この辺で勘弁頂きたい。失礼



2011年3月16日   寒曇り  訪問者数 72名
今日も例の製作を続けた。我々のような実験工作素材が多くなってくると、矢張り世間にある程度余裕がないと前に進まないものなのかも知れないと考えた。また、ネットで広範囲の顧客を対象にしていると、一部被災された向きもあるようで、何とも言えない重苦しいものがある。今日も、メーカーの営業マンがひょっこり来て、本人の妹さんの嫁ぎ先が、例の30キロ圏に入っていて先日から会社が1週間休みで自宅待機をしていると言う。中小企業が、1週間稼動出来ないのは死活問題に直結してくる話だろうか。それが、更に何時まで自宅待機なのかも見通しが無いのだから、困ったものか。夕方、この地震で漫画家鎌田洋次くんのご両親の安否を気遣った、同級生から電話が入った。鎌田君によると「両親の消息がつかめない」し、連絡も今も取れていないそうだから、大変厳しい話ではある訳だ。何とか無事に見つかってもらいたいものだ。



   もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知るひとぞなし 
                                       (百人一首 前大僧正行尊詠)



2011年3月15日   寒曇り  訪問者数 54名
今日も例の製作を続けた。いくつかの急ぎの製作も入り、バタバタしていた。昨日東京へ向けて計画停電の非常時用の発電機(店頭にあった最後のもの)を発送したのだが、運送業者によると「着は何時になるのかさっぱり予定は解りません」との返事だったので、これも救援物資のようなものだからと至急でお願いしたのだが、どうだっただろうか。例の地震の後、訪問者数の推移が極端に減少している。反面、どうやらまた、物資の移動が相当数の規模で起きるのだろうかと考えていたが、その前に、例の放射能の問題が早く止まらない事には、前に進めないのかも知れないとも思えるような急激な情勢の変化が報道で流れている次第。怖いものか。3月もあと半月だ。学校等の卒業式もこれからピークを迎えるのだろう。そして、桜咲く春、新たにして気持ちよく満開の花を見たいものだが、果たしてどうか。こちらはこちらで、被災地のことを案じながらも、頑張るしかないか。


2011年3月14日   寒曇り  訪問者数 63名
今日も例の製作を続けた。昼から、東京のs氏からの依頼で、インバーター式発電機を探し回っていた。何時もの機械工具屋さんには 朝から電話のパニックで既に在庫ゼロ、入荷予定なしとのことで「またか」と言った不機嫌な返事があった。近隣のホームセンターを4店回り、ようやく、最後の4店目で、最後の1台を見つけた次第。そこも、残り2台となったのが、1時間前だったそうで、ぎりぎりだった。「ベニヤ板も完売、合板も完売で入荷予定なし、防災グッズ完売、懐中電灯完売、ヘルメット完売、果ては、水の要らないシャンプーまで完売で以降全て入荷予定なし」との店員さんの話だった。話を聞いている間も、懐中電灯売り場には、空っぽになった棚の前に、4人5人と客が来ていたし、その内の何人かは、別の店員に詰め寄る姿も見られた次第。レジに並んでいる時は、一つ前の、40か50才代の奥さんが、ユニチャームのベビーオムツを2袋抱えて「千葉の娘に送る」とレジの店員に話しているのが聞こえた。考えてみれば、今回の震災が、歴史的な膨大な被害を起こしているのだから、こうして、すごいスピードで物資の移動が起きているのだろうか。


2011年3月12日   寒曇り  訪問者数 37名
今日も例の製作を続けた。急ぎの発送もあり、また 昼前には、遠方から、例の木造建築では地震対策に関して40以上の特許をお持ちの大御所の社長様がわざわざお見えになった。阪神大震災の時は、この方も救援活動で、日に何十万という身銭を切って復旧仮設の建設に頑張っておられた一人だ。今回の地震でも、これからが大変だろうと話しておられた。何故なら、16年前に比べて、「今ではすっかり大工さんなどの職人さんの数が減っているからだ」と話されていた。
以下には、少し古いが地震対策用の発泡スチロール使用例を再度UPしておきたい
こちらは、大阪の家具の研究家の発案によるものだったか

箪笥や本棚と天井との隙間を隙間サイズにカットした発泡スチロールブロッくんをぴったり入れるだけの大変簡単なものだが、これだけで効果があるようだ。 発泡スチロールの地震対策のページはこちらから


2011年3月11日   寒晴れなのに小雨  訪問者数 77名
今日も例の製作を続けた。3時の休憩時間に、東北大地震のニュースが流れていた。トンでもない大きな津波が、自動車やトラックに大きな漁船までまるで木の葉のように散々に押しやっていく様子を、NHKの中継で見ることになってしまった。大変な災害が起きている様子で、言葉を失った。夕方、急ぎの発送が何点か、関東方面行きがあった。宅配の業者に聞くと「首都方面の交通機関は全面通行止めだから、何時届くのか、全くわかりませんよ。それでも良ければお受けします」の返事が即座に返ってきた。これから、当然暫くは、救援物資を積んだトラックや救助へ向かう車が優先されるのだろうか。明日になれば、事態の全貌がテレビでも報道されるのだろう。


2011年3月10日   寒晴れ  訪問者数 83名
今日も例の製作を続けた。自家製加工機のデンデン♪ムカデ返しでデン♪を使って例の加工を続けながら考えた。確かに、こんな大不況の中でも、売れて売れて笑いが止まらない向きがあるようだから、世の中、解らないものか。どこで、どう間違ってそうなったのだろうか。よくよく考えてこちらも何とか参考にして行かなければならない。車でも、今までの鉄の塊ってイメージから、これからは、聞くところによると、何でも繊維質の軽量で健康的な塊に随時切り替わって行くらしいので、鉄が国家って時代から、食物繊維を十分摂取した国家がベストって時代になるのだろうか。発泡スチロールは、残念だが炭素繊維ではないが、炭素と水素と酸素のみで出来た軽量品だから、ひょっとすると次世代には生き残れるのだろうか。夢の”発泡スチロー炭素繊維”なんて良いのだが、さてどうか。おっと、時間がない。


2011年3月9日   寒晴れ  訪問者数 78名
今日も例の製作を続けた。確かに、油が146円/リッターだ。これもビビリアン戦争の影響だろうか。これだけ上がって来たのには警戒しなければならない。我々のような中小企業には、多大の悪影響を来たらさずにおけないからだ。増して、こんな不景気の中だ。さらに質素倹約に努めるしか方法も残り乏しくなって来ている。しかし、海外の事情というのは、遠くから一歩離れて見られる分、多少は客観性をもった判断もこちらで出来るってことだろうか。あのワンワン戦争の時は、まるでドイツのポーランド侵攻のように、はっきりしていた。その前、あのユーゴの空爆の時や、ベトナムの空爆の時は常軌を逸していたように思う。10年前のイクラ戦の時も、始まりはこんなのだったように思う。結局、あれから何年も経ってから実は理由はこじつけだってトップ以下白状するぐらいに、きっかけは、何になるのかよく判らないのが、そもそも戦争ってものか。そして、今回、ある向きは、これは、歴史的に、産業革命の初期にに発生した、バトンタッチ現象だと言うことらしい。今回は、ネットによる情報分野に始まった産業革命のことを指すと言う。我々のライフスタイルから何から何まで、今も大きな変革が継続している訳で、主要な部分の先行した変革に対して、辺境部分から大きなねじれを戻そうといった変革が発生したものだという解説が早速出てきたようだ。よく判らない。こちらとしては、我々の商売が結果、今後どちらへ向かって進めるべきか、の世界史的な大きな流れを常々把握する必要があるに尽きる。何にも大風呂敷を広げる話では無く、これだけネットの産業革命が世界同時に進行するのだから、その中で、身を粉にして、或いは這いつくばってでも、しっかりと動く必要があるってことだろうか。高々、中小企業だ。風が吹けば、夜空の天高く、星屑の一片となって消えて行く軽い軽い発泡スチロールを扱う加工屋の話だから、どうでも良いのだか。


2011年3月8日   曇る寒春  訪問者数 98名
今日も例の製作を続けた。繰り返し同様のお問い合わせが続くのも、こうして8年9年と窓口をしていると、変化日の予兆として感じられるようになったのは不思議なことか。判らないものか。決まって次に来るのは同じことが始まるようなのだ。ネットの先で、走り回っておられる向きがあるのが手に取るように見える。だから、再度わが身を振り返って、襟を正し、礼儀を尽くし、謙虚に、だが、熱を帯びて頑張るしかない。這ってでも、一歩でも次の次を夢見ても、成るのだと言い切ってでも何でもいいのだが、頑張るしかない。前向きに頑張るしかないか。倒れて後に止む以外我々に選択肢はない。そして7転びでも8転びで、すべって転んででも再度立ち上がって進むしかない。


2011年3月7日   月曜は決まって雨  訪問者数 114名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも重なった。急ぎの製作もあり、終日バタバタしてた。頑張るしかないか。根本的に頑張るしかないのだろう。それとも、余裕があっても無くても、副次的な枝葉末節に囚われてでも、頑張るしかないかも知れない。気を引き締めて、一歩づつ前進していく以外に方法は特段見つからないに違いない。恐らく、我々勤め人は、段階的に1段づつ上昇志向で頑張れた時代もあったし、宝探しと発見した時の勲章さえもらえたら満足志向で頑張れた時代もあったし、今のように闇雲に、競争原理のみしか、選択肢が無い時代で頑張るしかないって言うのは、困ったものか。一体何時から、だろうか。かつて「自己責任」のレッテルを次々に何でもかんでも貼り付けて行けば満足な時代があったものだが、漸く、最近は、例のリーマン破産の後、そんなビジネスモデルにも影が見え出したのだが、今度は、先日読んだ ドラえもんかドラかーどちらか知らないが、変な外人の「気配り経済学」の野球マネージャ解説と来たものか。だから、まだまだこの一元論的な競争原理が続き、四苦八苦も続くのだろうか、解らない。だから、我々勤め人は、ただ、黙って頑張るしかないのかも知れない。頑張るしかない。会社とは、不思議なものか、人生の大半を会社にて過ごすのに、自分から、変えることは出来ない。変えるには、結局の所、丸い鐘の鳴るものが後ろを付いて来ないことには、何にもならない現実に、じっと手を見て、立ち止まる。


2011年3月5日   春前花晴れ  訪問者数 103名
今日も例の製作を続けた。朝からバタバタしていた。あれもこれもと重なった。そうこうして、そして、また今週も過ぎることになるのか。恐らく、会社というのは、大なり小なり、基礎を作り、山を当てて(何かそれがどういう契機で山になるのかどうかは実に様々な要因なのだろうけど、)、その時に蓄積に励み、しかる時に備え、しかる時を乗り越えたなら、後は継続出来るものなのかも知れないと、作業の合間、ふと思いついていた。ガンガンに頑張る勢いで基礎を作る所もあるだろうし、発明発見で一夜にして基礎を作る所もあるだろうし、それは解らない。しかし、何か得体の知れない力に後ろを押されて進んで行くことも時としてあるに違いない。逆に、進んでも進んでも長いトンネルを抜けることなく迷路にはまる時も多々在るに違いない。だが、そこに働く人に、面白く楽しく働けるような場の提供が為されない内は、どうも長続きしないものじゃなかろうかと最近、思えていた。それは理想論なのだろうか。丸い鐘の鳴る音色を気にしていても仕方ないとは言い切れないものか。、はたまた内外に怨念の渦巻くような会社には所詮先は無いに違いないし、逆に、下にも置かず持ち上げられても、それじゃ、内外問わず、 いずれ腐るのだろうし、解らないものか。一体会社とは何なんだろうか_。頑張るしかないか。


2011年3月4日   春待ち寒戻り花  訪問者数 89名
今日も例の製作を続けた。寒さが戻り、朝また水耕栽培の水槽に氷が張っていた。例の顔見せブックの影響で石油が上がり出した。昨日、顔見せブックが、良かった良かったって番組をテレビで流していたのだが変な話か。我々はじめ、様々な業界では、昨年に続き、大きな影響となって来ているのが現実か。何で、そっとしておけなかったのか、内戦になって、資源の取り合いになっては、顔見せブックの価値も下がろうというものか。何とも世界は狭くなってきたのだなあ。まだまだこの勢いだと、年内に激動は内外で続くのだろうか。解らない。しかし、何れにしろ、我々のような商売人としては、アンテナを常々引き伸ばし、耳も大きく、ロバの耳のようにして、状況分析を続けなければならないってことか。何が売れ何を売るかと頑張るしかない。所詮、情勢は日々刻々と変化しているものだ。だから、変化の中にあって、平常心にて、アヒルの水かき姿に似せてというべきか、頑張るしかない。本当に、こんなネットにアンテナを伸ばしていると、直近、今日また同業者の廃業の知らせが転がり込んで来てしまった。残念だ。実に、残念だが、これが現実と受け止めるしかないのか。今は、確かに、しっかと貝のようになって静かにしておくべきなのか、或いは、ここぞとばかり打って出るべきなのか、我々のような業界でも、今年も、その両者のせめぎ合いが続くに違いない。だが、黙って高見の拝見という訳にも行かないし、困ったものか。本当に、これが会社ってものか。単に、100年続く会社って言うだけで凄いと思うが、きっと、100年間、こうした激動の中を、かろうじて生き残って来たに違いないからだ。では、どうすれば、それが可能か。とっくに人智を越した世界の話でないとそれは無理なのか。


2011年3月3日   冬の終わりの雪見花  訪問者数 94名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせもあったり、懐かしい酒豪家の医院の先生からもお便りがあったりしたものか。有り難いものか。時折、窓の外を白い粉のような雪が舞っている。例年になく、テレビで話題に上るので、もう35年前にもなるか、粉雪舞う京都での受験を、ふと思い出した。あの頃はまだ市内を市電が縦横に走っていた。がたがた揺れる電車に揺られ学校に急いだものだったか。何とも早いものか、実に早いものか。そして老い易く学成り難し、人知れず、あの象牙の塔にて倒れた恩師の顔を思い浮かべるものだ。本当に最初にお顔を拝見したのが受験の日ではあったか。 こんな所には書けない、あれから、本当に様々なお世話になって来た。早くして夭逝され、いつの間にか恩師の歳さえ越えてきた私は何とも出来損ないか。今も毎朝通勤の途上に仰ぎ見る比叡に向き直りつつ、頑張るしかない。頑張るしかないか。


2011年3月2日   春の続き雨  訪問者数 108名
今日も例の製作を続けた。特段変化していないのだが、確かに今年は以前と流れが異なるようか。あれもこれも検索のなせる技に違いないと半分諦めている次第。例年、この時期は本当なら問い合わせが学校等のお休みに伴い減少するのだが、今の所、変わらないようなのだ。あの例の今年も東京マラソンに十字架担いでお出になられた方の影響なのだろうか。相当メディアにまた出ていたからなあ。では失礼


2011年3月1日   春の小雨  訪問者数 105名
今日も例の製作を続けた。終日バタバタしていた。例の顔見せネットブックで煽られた地域がどうも気になっていた。本当に、あれだけ軽々に、人が巨大なうねりを作り出すのだろうかという疑問があったのだが、今年のアカデミーでも一位を取れなかった所から判断しても、我々下々の者にも漸く事の成り行きが何となく見え出したようだ。実に怖いものか。世界には、2,3年先を見て絵を描く巧者がうじょうじょいるに違いないとまで読めた。10年一昔かどうか、やがて、何時か来た道のように、そこへまっしぐらに突進させられて行くに違いないか、その地域は。そして、その世界でも斯く有りなん。謂わん哉、商売の世界ではもっと日々激しく変動しては、戦場のようなものに違いないか。常在戦場は我々の置かれた世界か。勝てば官軍、負ければ賊軍と_。頑張るしかない。これでもかこれでもかと歯を食い縛って頑張るしかない。前向きに、一歩でも前向きに、這ってでも、路傍の枯れ草を掴んででも、進めるしか、そこを突破する手立ては他に何も無い。立ち止まっていても、何も解決しない。ゴールは決して見えてこない。だから、進むしかない。行動するしかない。


2011年2月28日   春の豪雨  訪問者数 105名
今日も例の製作を続けた。窓の外では、時折、夏のスコールのような豪雨が続く中、終日バタバタしていた。昼のテレビで、170年の伝統の蔵が映っていた。あの太平洋戦争の無差別な空襲から偶然免れた所なのだろう、あんな戦争が無ければ、170年200年の蔵って都会にごろごろしていたに違いないと、別段興味も無かったが、見ていて別のことを考えた。もし、町のケーキ屋さんも170年続けば、蔵にケーキの美味しい酵母菌のあるケーキ屋さんになるのだろうか。町のパン屋さんも同じく170年も続けば、パン焼き器には170年大事に育った美味しい酵母菌があるパン屋さんになるのだろうか。しかし、果たして、こちらのような発泡スチロール屋ってのは、170年続けることが出来るものなのだろうか。発泡スチロールに酵母菌何て出てこないし、そもそも、発泡スチロールって素材は、170年先も在るのだろうかという不安があるものか。一体何年続ける事が出来る素材なのだろうか。これからの社会の変動に抗して、延々と170年あるような素材なのだろうか。決してそうでは無かろうに。日進月歩で、きっと次なる素材が開拓されて行くに違いない。発泡スチロールが世に出て60幾年、よくここまで守っているものだ。この軽量で、加工性に優れ、幾つもの発泡スチロール自体の特性を生かした面が、未だに他の素材に極めて優位性を誇っているので、60幾年慕われて継続して来たに過ぎない。では、これからの更に60幾年先、矢張り、様々な特性によって、延命できるのかどうか。解らないとしか言えず、それこそが、170年の伝統職に対して、何とも言えない面か。少なくとも60幾年は使い伝えられた、としか言えない。200年なら、200年で、1000年なら1000年でしかないと。我々のような素材は、その事斯様に、結果論でしか見られないものか。世に出て、高々60幾年の品物だから、何でも鑑定団でも戦後生まれの安い鑑定結果なのだろうに。後は、どれだけ付加価値をつけれるかか。頑張るしかない。


2011年2月26日   早春晴れ  訪問者数 99名
今日も例の製作を急いだ。昼から、作業を片付けて、例の閃きのブロックを急ぎで製作していた。音響パネル組み立て用のブロッくんだった。音響ブロッくんとでも言えばよいのだろうか。
名づけて『サウンドブロック
               ミュージッくん』の登場だ
以下のようなブロックだ
外寸は400×200×100mm  で 自消性系の少し硬め40倍グレード品を使用している
溝は例の音の波形に少しでも近づけるべく
下記のようなもの以外に2通り用意してみた

製作してみてわかった事だが、並べ方を変えるだけで幾つかの溝の順番が可能になり
溝を交互にすると深みのあるいいものになった

左右に凹凸をつけたので上下にも簡単に延ばすことも出来るので
オーディオ室の状態に合わせて様々なバリエーションが出来るようだ
(気持ちだけ特許出願準備中)



2011年2月25日   小雨のち曇り冬  訪問者数 86名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせもまた今日も続き、終日バタバタしていた。夕方になり、以前、音響パネルの製作用に発泡スチロールの梱包材のセットを納品させて頂いた方に、参考HPを紹介して欲しいと問い合わせていたのだが、ご連絡を頂けた。有り難いものだ。もう5,6年前にも一度、他の方にお聞きしていたのだったが、PCのハード面の損傷により、一時期の記録が全て飛んでおり、にっちもさっちもいかなかったのだったが、今回また他の方から情報を頂き有り難い限りだ。基本的には、こちらでは音響パネルは製作していないので、発泡スチロールの一般的な梱包資材向けの中で、特にお客様から、フィードバックして頂いた向き不向きの素材情報を元にキット的なものをお出ししている程度だが。とりあえず以下に

 音響パネルを自作された方のHPになります

 http://homepage.mac.com/bshige/audio/sp/skyline.html

※お客さまから紹介のHPから
 この中に、音響パネルの優れた所も記載されておりますのでどうぞご参考に




2011年2月24日   小雨春枯れ  訪問者数 100名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも続いた。何となく一日の半分をこのお問い合わせのお答えに使っているような気がしながら、例の製作を急いだ。昨日は、最近住設関係で独自特許を取って折からのエコ制度にも支えられ、破竹の勢いで拡大路線を続けておられる町の発明家社長さんがひょっこりお見えになった。今日は、以前、とある向きで大成功を収めて、ある程度の会社の地盤を確立された社長さんがお見えになった。どちらも目が輝いていた。一人は、顔面笑みをたたえ、楽しくて楽しくて面白くて面白くておれないような、将に七福神の一人のような容貌に、それは思うに、そのように容姿が急激に変貌されたに違いないが、そのような方であった。成功を収めた方の社長さんは、お話しを聞いていても、矢張り目が、通常の余裕領域を通り過ぎて、遠き雲の上をじっと見てしまうような容貌であったものか。新喜劇や天満の寄席などを何十軒梯子して、笑いが腹一杯になったとでも言うべきか、恐らく、実際にそんな『成功』の美酒を味わった者で無いと生み出せない、それは男のサガに違いないか。そして、それは何れも一代でここまでにのし上られて来た人達なのだ。しかし、以前、あれはもう6年前になろうか、四国の団扇屋の七代目若社長に お会いして話しを聞いた事があったが、若社長にも、どう言う訳だろうか、何百年の伝統芸の上に、更に新しい花を咲かせるような今回と同様の目の輝きと、情熱を見たものだった。皆、共通したものがあるのは、不思議なものか。それは、矢張り、何にしろ、自力で何らかの目標達成と言う『成功』の美酒を味わったものだけが知ることなのだろうか。解らない。



2011年2月23日   春近晴れ  訪問者数 84名
今日も例の製作を続けた。今日もあっという間に時間が過ぎた。気が付けば、2月もあと5日ほどしかない。これでは、何ら思うようなことも出来ないのかも知れない。ただ、前向きに頑張るしかないか。春のような陽気の中、何ら浮かれるような要因にならずと言う所だろうか。幾つかのお問い合わせも続いた。ひとつまた一つ懇切丁寧にお答えする以外にない。解る範囲で出来るだけ詳しくご説明出来れば良いのだが、どうしても全てが全てという訳にも行かない。逆に、お答えだけして、それっきりという何とも面映い局面も今までにも幾つもあったが、それはそれ、我々も同じく、同様の立場になることも有るのだからと了解していた。少なくとも対面販売が今の所ネットでは不可能なのだから、こういった直接のお問い合わせには有り難く、常に前向きにお答えする方が善いのだろうか。我々のように、もう10年近く同一の担当者が窓口になって継続している所でも、最近になって漸く、安全牌と見られるようにはなって来た程度だろうか。時代は、これから、更に伝統なり文化習慣に重点を移す方向に向かっていると何かに書き込みがあったらしいので、直接のお問い合わせは尚更大事にする必要があるに違いないか。ネットが普及しだしたのも高々10数年、携帯が普及しだしたのも同様のこと、それに付随した文化の形成は、まだ始まったばかりなのだろうから、今後10年先がどのような変化を生むのかは、基本的には解らない。このまま更に、世界は狭くなって、自他の区分の何もないような方向に走るのか、それともしっかりした防波堤が構築されて自他の住み分けが上手く進むのか。しかし、この僅か1ヶ月ほどの世界の動静も見るに、逆に、混乱を避けてネット文化からの逃避もこれから反作用的に起きるのではないかとさえ思えた。そして、その時、我々のような所では、如何に商売の基本を展開するべきなのか、考えていた。どう在るべきか。如何に進めるべきか。不特定多数を来客を対象にするこは無いのだ。たった一人のお客で良いのだろう。では、対人販売に変わるような何か、一体何で可能か。




2011年2月22日   冬晴れ  訪問者数 95名
今日も例の製作を続けた。黙々とただ例の製作を続けた。我々に出来ることと言ってもこれ位しかないのかもしれない。例の超巨大で超精密なアンテナ加工品の梱包に追われて、昼過ぎからは、自家製加工機の、ホイホイ♪ムカデ返しでホイ♪♪の方を昨日に続いて回転加工をしながら、しばし考えていた。確かに、日曜日の午前中、東の空に異様な飛行機雲を見つけたのだった。普通の飛行機雲は、白い雲で出来ているものだが、その日の飛行機雲は、どんよりと黒っぽい一筋の黒マジックで書いた線のような怪異な印象がするものだったので、これは、間違いなく、地震雲に違いないとその時考えたのだっだが、昨日和歌山での地震に続いて、本日はニュージーランドで相当巨大な地震が発生したようだから、今日のそのニュースに接した時、「矢張り」と思ったのだっだ。空を見上げていると、斯様に様々な事を予測出来るのは不思議なものか。夕方になり、また一校、大学ロボコンのオブジェクトの製作のご依頼が入った。これで、今年は、書類審査のみのところを入れて、22校からの製作のご依頼となった。昨年が、18校だったので、確かに、全国的に、大学ロボコンへの学生さんの情熱は、年々増えているのに違いない。若い方々の頑張りを見ていると実に気持ちがいいものか。若い情熱と言うかエネルギーを頂けて、それだけでおつりが来るに違いないのだ。だから、こんなものは本来無償で援助するべくものだろうが、若い方々には大変申し訳ない。こちらもどうしても最低限の費用が掛かってしまうのだ。ご了解頂きたい。願わくば、何とか中国に勝って欲しいものか。


2011年2月21日   冬晴れ  訪問者数 97名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせが入って、昼からもバタバタしていた。テレビで海外の激変を見ていると、凄い時代の変換点に差し掛かっているようだと思った。恐らく、どのような変化にも直ぐに対応出来るような商売の体制は、この時代には必要なのだろうか。若者の多い国と年取った国がその局面で異なった動きになるのだろうけど、我々としては、何れにしろ飯を食って行かなければならない。しかし、解らないものだ。1990年のベルリンの壁以来だろうか。2000年のイラク戦争レベルではないに違いない。まあ、こちらはこちらで頑張るしかないか。日々、目の前の作業に集中して行くしかない。手を休めることは出来ない。でも、時々振り返って、これで良かったのかどうかは検証し続けなければならない。


2011年2月19日   冬晴れ  訪問者数 91名
今日も例の製作を続けた。例の、防音測定に関して社内で会議となっていた。先日来、お客様から事務所フロアーに実際に発泡スチロールの板を使って防音が出来たという連絡を頂き、では「発泡スチロールはどれだけ防音が可能か」の問いに答えるべく、幾つかの測定器を調達した。正確なデータを工業試験所などに依頼すると400万円以上は掛かるそうで、とてもじゃないが、我々のような中小では賄え切れない、かといって大手の手の平の上でバタバタしていても、何ら面白くない。そこで、「社内の評価値 」と言った程度のものなら、何とか、お客様にお答え出来るだろうという、測定値の目安的なものを作成することになった次第だ。先月も、発泡スチロールで防音が出来ないかというお問い合わせがあった。これも、マンションの階下に子供さんの足音や楽器の音で多少とも迷惑を掛けたくないから、と言ったお問い合わせであった。こちらとしては「耳になじむまでのつなぎ程度です」とお断りしての納品だったのに、先様からは、納品後大変喜ばれて、返って、よくこの発泡スチロールの効果が解らなくなっていたこともあった。昨年は、ある工場の、金属加工で「機械音を兎に角、半減出来たらいいから」という先様のお断りで、矢張り、ある材質の板を納品させて頂き、矢張り、それなりの効果を見たとのご返事が後日あったので、またまた不可解と思ったこともあった。斯様なことから、一度、ある程度の対効果を独自に測定する必要に迫られたという訳だ。


2011年2月18日   小雨からまた冬晴れ  訪問者数 79名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、終日バタバタしていた。”ポンポン♪トンボ返しでポン♪♪”の自家製加工機も昨日に続きフル稼働になっていた。有り難いことか。願わくば、単価が吹けば飛んでいく発泡スチロールのこと、これだけフルに頑張っても、テレビショップではないが、高田か知れている。もう少し何とかしたいものか。が、何ともしたいのにそうもならぬは現実か。頑張るしかない。まだ、先日読んだ例の『ユダヤの大富豪の本』の教えと言うのが、脳裏にこびりついて離れない。だから鐘の鳴らない仕事に関らず、何とか景気よく鐘を打ち鳴らそうともがいている訳か。で、これだけバタバタしていても、発泡スチロールの白いブロックを金塊だ金だ金だとばかり、下にも置かず後生大事に取り扱いとなっているのは、単に軽量だから出来るに過ぎない情けなさか。どうやって次の次の手を打てるものか。先立つ丸いものも乏しい中、何が出来るか。立ち止まって、再度考えるしかない。


2011年2月17日   小雨からまた冬晴れ  訪問者数 79名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、はたまた、大学ロボコン関係の急ぎの催促も重なり、終日バタバタしていた。今日は少し、暖かいようだ。これから三寒四温で、春に近づいていくのだろうか。先日の雪が、今年のなごり雪になるのだろうか。ふと、窓から見上げる低く垂れた薄雲に、思い出が二重写しになっていた。頑張るしかない。何とか食って行かなければならない。定年リタイヤは夢のまた夢か。このままでは、きっと、足が動かなくなるまで、働き続けなければならないに違いない。あの悲しき発泡スチロールマンが消えて、早10年か。一体全体、進展のしの字も未だに無いままで、はるかに遠い物語か。頑張るしかない。頑張るしかない。恐らく、このまま継続していても、吹けば夜空の星の如く飛んで行ってしまうような発泡スチロールなのだから、家の一軒も建たないに違いないか。では、どうするべきか。何をして逆転ホーマーになるのか。否、そうじゃない。出来ることは選択する必要ないのだろう。この状況でも、矢張り、”あれかこれか”ではなく”あれもこれも”であって、次の次と行動して行かなければならないのだろう。


2011年2月16日   まだ冬晴れ  訪問者数 78名
今日も例の製作を続けた。終日結構バタバタしていた。が、まだ幾つかの計画しているチャレンジまで至っていない。あと少し、時間が出来てからになるようだ。先日来、『ユダヤ大富豪の教え』を読んで、何とか、このド貧乏からの脱出を目論んでいる。商売についての考え方で、いきなりビジネスをやろうとするのでは無く、まず、手初めに、社会奉仕で寄付を広く集めるような展開が継続的に、しかも自他共に喜んで出来るようなそんなシステムをつくれたら、その先には、ここで言う大富豪に至る「商売」も始めることが出来るようになって、そして儲かって、目出度く大富豪になれるのだろうということらしい。確かに読んだ直後は、何だが、大金持ちになったような気分になれるのが怖いものか。確かに、自他ともに喜んで商売に励み、売って楽しく、買って嬉しい気分になれたなら、上手く行くに違いないか。しかし、爪に火をつけるような生活苦に日々悪戦苦闘している我々に、果たしてそれが可能なのだろうか。全く爪の先ほどの余裕もない向きでも開き直って余裕があるように信じては思い念じ、振舞うまでに果たして、なりきれるものだろうか我々は。頑張るしかないか。年齢は関係ないのだろう。今からでも頑張るしかないか。おっと、湯が沸いたようだ。気分だけは今夜は大富豪になりきり、また安売りの期限切れカップ麺でも食べるとするか。湯沸しから呼び出しの汽笛が鳴っている。さて、大富豪の晩餐会がはじまるぞ。では失礼


2011年2月15日   遅冬晴れ  訪問者数 74名
今日も例の製作を続けた。終日バタバタしていた。昨日は、発泡スチロールで、安上がりに作る精巧な人体骨模型をあるところで拝見させて頂いて、ショックを受けていた。窓の外の3,4年振りの大雪の中、白い人骨模型が異様に見えた。発泡スチロールのマイクロビーズをプリンターインク代わりにして立体模型を作るのも面白いものか。金型が不要になりそうな気がするなあ。基本の機械的な構造は既に確立されているので、後は応用だけか。きっと、直に誰かが始めるだろう。或いは、もう始めているか。そう言えば、似たような問い合わせがあったものか。千葉の方だった。先ず、速乾性の液体糊を図面に沿って噴射し、その上にマイクロビーズを撒けば良いだけ、それを積層にして行くだけか。これなら安上がりだろうな。否、またまた安売り競争になるので、行けないか。もっと簡単に、芋版画並みに出来ないものか。芋版画を何枚要るのだろうか、高さ30センチの頭蓋骨の模型製作として 300枚か。これを如何に安上がりに用意できるかになるのだろうな。いや、待てよ、発泡スチロールの板状のものを300枚用意し、「溶かして印刷」を積層していけばもっと簡単に出来そうだな。



2011年2月14日   雪   訪問者数 93名
今日も例の製作を続けた。昼前から降り出した雪は、夕方になっても止まず、本格的な降雪になりだしたようだ。交通渋滞も相当発生して来たようだ。夜半にかけて、路面の凍結が出るだろう。この分では、本日中に帰宅出来るかどうかになっている。この時間に降り止まぬは、大変珍しいし、この11日に続いて、積雪となるのも、これまた珍しいことか。確かに、最近は地球の温暖化とは余りニュースで言わなくなって、むしろ異常気象などと呼ぶようになっているのも合点がいく。おっと、窓の外は、またまた激しく降り出したようだ。タイヤチェーンもなし、通行止めになる前に、この辺で失礼


2011年2月12日   冬晴れ   訪問者数 58名
今日も例の製作を続けた。昨日は3年ぶりの大雪になった。7センチは積もったのだろうか。夕方には大方融けてしまったのだが、交通関係は大幅な遅れに見舞われたようだ。お問い合わせのご入金通知も1日遅れで本日着確認が2件あった。申し訳ない限りか。太平洋側は、少しの積雪でも都市機能が麻痺する。明日、また雪が降るそうで、またまた悩みは尽きない。先日は、その都市の近未来を多くのデータから予測した刊行本を読んで、恐れおののいていた。一極集中はまだまだ始まったばかりと見たほうが良いようだ。地方の限界集落の崩壊がこれから更に都市への人口移動を加速させ、新幹線の開通も、逆に東京資本の地方進出を容易にして行くのは、本四架橋の影響を見れば合点が行くものか。一方で、ネット文化の方は、各分野での情報発信者の疲れがそろそろ蔓延し始めているそうだ。企業は、更に進化進化と叫ぶし宣伝に余念がないのだが、反面、実際には、波及には限界があり、「デジタルからアナログへの回帰」或いは、「仮想空間から対面現実空間への回帰」が再び広がりを見せ始めているそうで、この広がりにネットはあまり威力を持たないようだ。この見解は、先日来中近東で起きた動きの恐らく10年から15年先を行く動きに違いないか。以前、哺乳類は、その成長の過程で、食べ物よりも肌と肌の触れ合いのほうが大事だという実験結果の紹介を書いた本を読んだことがあった。それによると、チンパンジーの赤ん坊をミルクのみと擬似親の感触を得られる赤ん坊との二手に分けて育てた所、ミルクのみのチンパンジーは、まもなく全て死んだそうだ。ネット文化にしても、恐らく、情報のみの場合と、肌と肌の触れ合いのある場合とに分ければ、情報のみの環境に近いのだろうか。だから、このままでは、ネット文化の退化が始まるのは、時間の問題なのかも知れない。では、どうするか。こちらでも対面販売を始めるか!どうやって始めるか?


2011年2月10日   冬曇   訪問者数 98名
今日も例の製作を急いだ。終日バタバタしていた。昼から、四条畷高校の隣近くの材木屋さんまで藪用で出掛けてきた。知る人ぞ知る由緒伝統の老舗だ。通されて中に入ると木炭炊きのストーブがあった。もう100年近く使っておられる骨董品的な価値すらある鋳物のストーブだ。木の良い匂いが漂い、落ち着いた気持ちになれるものか。しかし、少し来ない間に辺りの風景は随分と変化していたのには驚かされた。矢張りあの第二京阪の開通の為なのに違いないか。幹線道路の開通は、まだまだ街のスタイルに変化を来たすに違いない。何しろ、京都と大阪が同時に此れほど近くなったのだから。さあ、残務が残っている。では失礼


2011年2月9日 少雨のち曇り   訪問者数 105名
今日も例の製作を続けた。終日バタバタしている。確かに、発泡スチロールをテーマに選んだその日から、これが宿業のようなものだと達観することもなく、あれこれ回り道のみ多い業界と諦めることも出来ず、はたまた、振り返ってわが身を反省することもなく、日々多忙にかまけて、牛歩の歩みを「えいやえいや」と続けている訳か。何かあれば、それはその時、その時になって考えるものと、他人事のように割り切れたなら上席か。起きてみなければ理解のしようが無いのは、世間の道理、人のサガか。だから、目の前に繰り広げられる日々新たなる出来事に、前向きに、全力で頑張るしかない。我々のような小さなところとて、給料なし手当てなしその他一切なしのタダ働きで、何の甲斐も無くって一体誰が物見遊山に来るだろうか。ひょっとしてと、こんなネットで募集をかけたらどのぐらい人が集まるのだろうかなあ。やりたくも無いか。さてどうやって食うて行くか。、、、おっと湯が沸いたようだ。今日のご馳走は、68円ヌードルとなった。では失礼


2011年2月8日 曇る冬そして例の雨   訪問者数 98名
今日も例の製作を続けた。これは一体どうしてだろうか、終日バタバタしていた。例年2月に入ると学校の関係が止まり、急にしんみりするのだが、どうも今年は、お問い合わせが続くので、よく判らない。確かによく判らないのがネットなのだろうと合点はしている。そのくせ、計画は一向に前進していない。そんなものだろうか。強い意志で進める事も必要なのだろうが、こうして年月をいたずらに食って来ると、「時」と「場合」というのに対象するに、「運」と「人と人の繋がり」が、何においても大きなベースを占めているのが、遠まわしに理解し出すものか。ベトナム戦争の時も、雨のように降る弾丸に全く当たらない上官が実際に存在していたという話しは、例のアメリカの退役軍人の回顧録などに詳しい。だから、どれだけ傲慢無法な上官であっても部下達が、弾避けに上官の後ろに従って難を逃れたという。それは、最早、不条理なという論理概念で区分け出来ないものなのだろうか。恐らく、事、商売においても、否が応に、この運不運は大きく占めるもので在るに違いないか。こんな中途半端な年齢を重ね、度々、そのような局面に遭遇する度に、新たに思う。しかし、敢えて、ここでは、論語に言う「鬼神を遠ざけ」、果敢にも前進あるのみとしたい。計画を立て直し、目的を持ち、戦術と戦略を立てて、進めるべきは進めるしかない。不条理の中に、道理を探すしかない。意識化によって存在証明とするのかどうかデカルトでも読まないと解らないが、自分を信じ、再度、直面する課題に、合理という商売人の感覚で頑張るしかないか。


2011年2月7日 緩む冬曇り   訪問者数 120名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも重なった。ひとつひとつ真摯にお答えしていく毎日か。頑張るしかない。日々、こうして10年が過ぎた。すると、5年前、4年前にお問い合わせのあった向きからの懐かしいお問い合わせもあるものだ。月日の経つのが何とも早いものか。が、昼過ぎ、用あって、鞄の中をもぞもぞしていると、ふと、萎びてぼろぼろのセロテープで周囲を補強した茶封筒に指先が当たったので、一体何だろうかと取り出してみた。見ると、もう5年前になるのだろうか、中学の生徒会長だったo君からの同窓会案内が入っていた。懐かしさにおれなくなり、仕事をおいて、書状を読み返した。早いものか、あれからもう丸40年が過ぎた。長い40年、それぞれの人生がそれぞれに繰り広げられたに違いない。そうして、皆それぞれの人生の終着点まで行くのだろうかって不安も急に湧いて来たものか。もう既に亡くなっている同窓生も何人か出ているし、行方不明の人も何人も出ている。長く音信が付いていたのに、最近全く音信の無くなった近くの同窓生もいる。中には、初孫に喜んでメールを入れてくるMハムの研究員も居るには居るが、このぼろぼろの案内書状を見ていると、時間を忘れるものか。おっと時間だ。では失礼


2011年2月5日 冬緩む晴れ   訪問者数 90名
今日も例の製作を続けた。今日も様々なお問い合わせもあった。緩衝材の件では、先日来、緩衝材の適正素材と形状について、被緩衝材の荷重、受圧面積、応力、衝撃時の加速度、或いは振動エネルギーなどに伴った、包装設計的なお問い合わせも、週末になると結構重なるのは不思議なものか。基本、データに照らして数式を当てはめて計算するだけの簡単なものなのだが、一昔前のように、次世代への経験値の伝達が行われることの少ない時代の要請なのかもしれないと思った。そして、今回、さらに、新規に購入した音量測定器を使い、発泡スチロールの様々な形状素材等による防音性の計測を始めることにした。これもまた、それなりのデータとして、残るのだろうかと思っていた。これにしても、大手がどこでもしているような教科書的な測定値では、面白くない。ここでしか出来ないようなアイデアを駆使して行かなければならないと思った。


2011年2月4日 冬晴れ   訪問者数 121名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも重なった。例の低速発射型ロケットの概要が固まり、発射実験の日程から逆算するに、タイムリミットとなっていたので、取り合えず先行作業に突入となっている。確かに、ここは不思議の工業立国日本なのだろうか。発想が面白い。まだまだ、発泡スチロールの独壇場って所なのだろうか。また、例の おっと時間がない。では、取り合えずこの辺で失礼


2011年2月3日 冬晴れ   訪問者数 134名
今日も例の製作を続けた。終日バタバタしている。バレンタイン関係のお問い合わせが幾つかあったり、先のことになるが復活祭のイースターエッグの問い合わせも不思議と数件重なった。まだ、今日は「鬼は外」の節分と言うのに、年中行事の予定を組んでいる所は大変だ。急ぎの発送が昼から重なり、例の加工の件でのご返事をお待ちする暇もなかったか。頑張るしかない。果たして、このようなネットの業態でどこまでやれるのか解らないが、本当に頑張るしかない。日本海側では、毎日雪下ろしに「頑張るしかない」と頑張っておられるそうで、もう1ヶ月以上晴れの日ばかりのこの辺りではあるが、見習わなければならぬと、もう一声、頑張るしかない。頑張るしかない。頑張るしかない。近くの学校ではインフルエンザが流行しているらしい。熱で休校が増えているそうだ。我々も若い子供たちに負けず、まだまだ、元気なうちは、健康に気をつけて、頑張るしかない。頑張るしかない。昨日は、何処かの発泡スチロールメーカーの大御所のような方が老衰で大往生して亡くなられたと聞いた。きっと、最後の最後まで「発泡スチロールやーい」と言って頑張っておられたに違いない。こちらも、見習って、知恵を絞り、発案を繰り返し、改善に改善を重ね、どうにかこうにか、新企画を打ち出しては頑張るしかない。頑張るしかない。お問い合わせのご提案を頂いては頑張るしかない。頑張るしかない。


2011年2月2日 冬緩む晴れ   訪問者数 97名
今日も例の製作を続けた。今日も幾つかのお問い合わせもあり、終日バタバタしていた。ある向きからの重なる推薦がまたあって、世界の情勢を見るに、ソーシャル系もこれからの商売には必要なのだろうかと思ったが、そのままになった。商売人の立場では、ホイホイ参加が何よりも営業系には優位に働くはずか。或いは、コツコツダントツ研究開発系であっても、仲良しグループ化は、真に開発研究をモットーにする向きには、面白い広がりであるに違いない。やがて、ご指摘の通り、100年もしない間に、会社や商売の枠も今までの歴史的な形態を止揚するのかもしれない訳だから、それはそれで面白いなあとも思った次第。波に乗り遅れるのかどうか、それよりも、ものつくり屋からすると、ハード面からソフト面まで、特定のところに首根っこを掴まれた「ネット」って、楽観的でも本当に大丈夫かとも思う。元より、こちらに詰まらない駄文を掲載する身には、所詮同じことか。おっと、もうこんな時間だ。では失礼


2011年2月1日 冬晴れ   訪問者数 120名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせもあり、終日バタバタしていた。何はともあれ健康が第一と思った。よく行く例の材木屋さんの直ぐ隣のガソリンスタンドの経営者が急死したと聞いて、先日の、大阪南の建材問屋の若旦那の急死と、こんな話は、得てして重なるものかと息を飲んだ。いずれも、思い半ばにして倒れ、いずれも自分とそれ程変わらない年齢の方ばかりなのだ。こうして身の回りで若すぎる死が矢継ぎ早に続くと、健康が第一と改めてかみ締める思いか。そして、ふと、窓の外の、次々と、どんよりとした灰色の雲が足早に通り過ぎる まだ寒い北の冬空を見上げていると、京都の象牙の塔で学半ばにして、急死した恩師のことまで、その思い出が走馬灯のように脳裏をよぎるのだったか。学に志してより、早、幾十年が過ぎた。未だ、成らず、未だ飛ばず、悲しいかな。


2011年1月31日 寒い冬晴れ   訪問者数 92名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも続いた。何だーそんなことにお困りなんだと言ったお問い合わせや、もしそれが30年か40年か前なら、そのお問い合わせの形状を金型で量産体制を組んでおられたのに、と言った事やと、月末にも関らず重なった。或いは、ソーシャルネット系の住人の方だろうか、発泡スチロールの加工ってくくりでグループ化しては如何?とのお誘いであったか。安心して、情報の共有も有りだしって内容でもあった。確かに、今日、海の向こうの世情の劇的な動静を見るに、100年前、夏目漱石がロンドンへの留学の途中、エジプトのスエズを渡り、パリの博覧会に立ち寄って、その文化の先端に驚愕したとあるが、当時は当時で、市中張り巡らせた、電柱と電信の通信手段の高度な技術には、ただただ言葉を失っていたに違いないか。そして現代では、市中張り巡らせた電柱に代わって、ネットが世界に張り巡られており、さらに高度な通信手段が、スエズ運河の両岸において、何らかの威力を発揮していると言うことなので、それはそれで、時代の文士や時の情報屋の格好の材料にはなるにはなるに違いないか。だから、とも言えないが、ここでは、敢えて、背を向け、もって周回遅れをして、時のトップランナーもどきを自慢し、その内部を外部から高見の見物と行きたいものだ。さて、時代はどちらへ向かうのか。きっと、極まで行かなければ動かぬ時代屋に違いない。こちらは、「ものつくり屋」だったので。


2011年1月29日 まだまだ冬   訪問者数 96名
今日も例の製作を続けた。確かに、世に言うところの会社の内側で、一気の改善だ何て、エジプトやチュニジアでもない限り、極めて異端視されるものだろう。では、どうするのか。矢張り、少しずつの細かい工夫や改善の積み重ねに尽きるのだろう。毎日、毎日 がその繰り返しなのだろう。少しでも、より良くするべく、小さな努力の絶え間ない繰り返ししかないのだろう。逆に言えば、一個のヒットのみでも食って行けると思ったら、それに賭して元気な人は、さっさと独立していくって。だからってこともないが、残された我々は、ただ頑張るしかないか。少しでも、改善のヒントが思いつけば、必死になって提案するのみか。だめなら、さっさと諦めて、次を提案するか。こんなダイナミズムが、中小企業をもってして存在理由とならしめているのさ。会社の内側も外側も、常々、勝つか負けるかの、常在戦場の世の中か。ただし、エジプトなどのような武力の戦場じゃなし、考える戦場なのだろうが、、、、、。


2011年1月28日 火山灰の冬か    訪問者数 103名
今日も例の製作を続けた。今日も幾つかのお問い合わせが重なった。それで、発泡スチロールの防音性を確認する測定器を用意したいと思った。このお問い合わせは、セルパネを製作していた頃から、実に多いのだったが、あれから7年8年と過ぎて、騒音の測定器も中古で安く手に入るかどうかの所まで来たので、かねてより計画していた発泡スチロールの様々な形状での測定もしてみようかと思いついた次第。矢張り独自のデータを収集しているところは強い。では、この辺で失礼


2011年1月27日 さも寒う冬枯れ乃    訪問者数 126名
今日も例の製作を進めた。昼からエンターテイメント系の方がお越しになる。以前、「世間のゆとりで食わして頂いている業界ですから」と腰の低い応対を頂いたことがあり、強く納得したものか。世間に活気が満ちて、仕事が有り余るほどあって、財布にも何がしかの丸いものが、それなりに入ってきて、少し余裕が出来た頃に、ちょっと芝居でも観に行こうかと言う気持ちになれば、エンターテイメント系の仕事も 俄然忙しくなるのだろうに、と同感した次第。逆に、昨日も実際にあった話しだが、東大阪の某建材関係の問屋の若旦那が病気で急死し、小売の業者さんが、知らずに、「朝から何度電話をしても繋がらない。会社が潰れたのかもしれない。どうしても、必要で、ネットで探して八尾からこちらまで引き取りにやって来た」という方がおられた。急いで商材をご用意させて頂き、話しを聞いてみれば、旧知の問屋さんとのこと。取引もかれこれ40年以上の店だそうだ。「それは、お気の毒に、知らなかった」と大変驚かれた。「こんな不景気の中、きっと若旦那も無理に無理を重ねて、発見遅れて打つ手無く、つらく悲しく、残された まだ若い家族の泣き顔を前に、十数名の社員一同を残して、先立たれたのだな」と引取りの仕事も横において、哀悼の言を冬の寒空に向けて、独り言のように話されてからお帰りになる。


2011年1月26日 まだ寒う冬    訪問者数 98名
今日も例の製作を続けた。例のゴルフのパター練習台が完成したとの連絡を頂いた。何とも素晴らしい出来上がりに感心した。以下にブログを貼っております

      こうじのゴルフ練習日記 から

  室内に作られた本格的なパター練習台ですね

きっと、ゴルフ好きの子供さんにとっては、何でも相談できて
    『石川遼の保険』のような親父様ですよね 有難う御座いました



2011年1月25日 朝寒昼過ぎあられ舞う冬    訪問者数 76名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも重なり終日バタバタしていた。昼から例の「ポリ乳酸」博士がお見えになった。懐かしいカネボウ合繊の研究員の方のお名前が出た。あれはもう何年前になるのだろうか。まだ、あの会社が元気だった頃か。何度もお邪魔したものか。その流れで、伊藤忠の生分解の博士も紹介して頂いたものだ。皆、ガリガリの研究畑の方だったか。我々のようなど素人相手に、斯くも懇切丁寧に説を紐解いて頂いたことだけは記憶に今も鮮明に残る。あれから、世の中、更に、このエコの流れは、質から量への展開を見せて量的な広がりの段階になってはいるのか。果たして、この流れがこの国のかたちと言えるのかどうかは、まだ何年も先になるのだろうか。それには、まだまだ何回転も量質の変化を見るのに違いないか。経済的合理と、この流れとの相互の変化だろうか。先ずは、日々食って行かなければならない。負けてはならない。頑張るしかない。



2011年1月24日 朝寒昼緩む冬    訪問者数 53名
今日も例の製作を続けた。先日、FBI捜査官の書いた、第一印象でほぼ決まるって内容の単行本が最近出たので読んでいた。実務的にも「非言語化」の段階が非常に重要だという。そうかも知れない。名もない人を初めて見た時の印象は、強烈に深層心理に残るものか。しかし、その後、名刺交換などに至り、所属部署なり肩書きなり、言語化記号化されて行くと、もう非言語化段階の印象が表面から消えていく。しかし、ひょっとした弾みや、商談の決断の必要な場面に働く心理は、この非言語化の段階に、印象付け或いは固定化がされたものに大きく影響しているって話しか。では、左様にこのようなネット上では、この非言語化の印象付け作業が、どのように行為としてありうるのかどうかの問題になる。虚像と実像の判断だ。『われ思うゆえに我あり』 では無い、モクモクと雲のような『我、映るゆえに我ありそうな』だろうか。つまり、時々このページでも、弊社および私を判断して頂くのに、こうして10年近くあれこれ詰まらない事を書き込んでいるが、全部読んで勝手に判断してくだされば、そこそこの判断はお出来になろうか、と匙を投げることが時々あるのだが、虚像から実像に向かって、どこまでせまれるかどうかなのだろう。例えば、それをプロのHP作成業者の様々な技術力によって、WEB上に、虚像を構成することは簡単だろう。最早、素人には、一見しては、虚像と実像の相違を見破ることは不可能な構成まで出来うる時代だ。が、そこで待っただ。だとしても、幸か不幸か、我々には、非言語化段階に受ける第一印象は、共通に深層に定着していくようだし、その掘り起こしをすることで、実像にせまることも可能なのだろう。そして、ここが問題だ。どこをどう掘り起こすのかの問題だ。問題を提起した途端、言語領域に入るし、何によってその我々の反応の具体化はできるか。




2011年1月22日 朝寒昼緩む冬    訪問者数 73名

今日も例の製作を続けていたのだった。特段、この、何時もの作業に変化は無いのだが、日々、日月そして歳月と過ぎていくのを、振り返って、ひとり思った。とうとう、こちらに書き込みを始めてから早いもので、10年目になるのだ。当初、準備期間と言うか、HPの立ち上げに掛かった下準備の時間を含めると、10年を越えてくるのだった。もう、この辺にして、更に、次を考えなければならないのに、まだこのスタイルに こだわっている。これからは、きっと化石の一種のようにこのようなHPは地底深く、前近代的な時代の証しのように幾つもの無造作に重なった地層になって固まっているのだろうか。偶然、通り掛った誰かに、鉱脈を発見された時のような 妙な感動でもない限り、ネット博物館の奥で固まって行くだけだろうか。それでも良いか。ならば、それはそれで、実例集を極力UPして、博物館入りを狙ったほうがマシか。それもまた楽しや。


2011年1月21日 寒い冬    訪問者数 100名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、バタバタしていた。昨日は、テレビ東京の番組で、未来工業の話しをしていた。ここの会社は確かに、毎年どこかの局で取り上げられているそうだ。劇団未来座から住宅の電設関係の会社になってということだが、40年も前から、グーグル以上に自由な社風を醸成して来たらしいので面白いなあと、今回もまた見てしまった。何だろうか、映画『武士の家計簿』に登場する極貧の暮らしなのに、付き合い費だけは莫大な経費を要していた武家の世界とは、対極にあるのだろうかとも思った。「考えること」とは、自由なと言うか、自主性と倫理感情の上に咲かないことには、良いものは生まれてこないのだろう。しかし、あれもこれも、出発点は、まず、その会社に余裕が出来たから出来る話ではあるに違いないか。まずは、その会社のトップか主要な人材が、基礎を築いたから出来うる余裕に違いないか。極貧の会社においては、自主性もなにも無い筈だ。まずは、その日を無事に過ごせたら、明日のことは考えない、となるのだろう。そして、益々 車が逆回転して行くのだろう。或いは、周囲に影響されず、自分で、全て自分の責任で 考えて、局面を打開して行くしかないか。果たして、それが可能な会社かどうか。幸か不幸か、選択肢は極めて少ない中、頑張るしかない我々だ。


2011年1月20日 寒冬    訪問者数 91名
今日も例の製作を急いだ。余りにも営業が頻繁に電話をして来るので、偶には、広告を出してみようかとも思った。折角、発泡スチロールの検索に『ブロッくん』が出ているので、有難いからだが、ふと、足下を見ると予算に余裕が無いようだ。広告に使うのなら、新規商材の開拓或いは開発に知恵を絞るべきだったか。その方が、こちらの会社の趣旨に合致してはいるようだ。それで、また朝から、時間の許す限り、空っぽの脳みそを更に乾いた雑巾のように絞っていた次第。頑張るしかない。たかが発泡スチロールなのだが、もうこれにこだわって何年が過ぎたのだろうか。そう言えば、先日、悲しき発泡スチロールマンの居た会社の、現場の印刷や発泡スチロールの箱詰めなどを長く担当していたm原さんに某本屋の前でばったり会った。もう、辞められてから10年以上お会いしていなかったものだ。トレードマークのベレー帽に白ひげをはやしておられた。もう、年金生活を続け「あとは死ぬだけだ」などと笑いながら仰った。10年かけて、逆に殆どお金は掛けずに、日本全国を自転車で何周もされ、国内もう旅行をする所もないそうだ。そして、次は自転車で地球一周の計画を立てておられるそうだ。これも、人生か。海外に出られたら、是非、外国の発泡スチロールのサンプルを送って欲しいものか。


2011年1月19日 冬寒    訪問者数 105名
今日も例の製作を続けた。急ぎの加工も入り、結構バタバタしていた。頑張るしかないか。お問い合わせについても、結構様々なお問い合わせがあった。例の某県選挙管理委員会様からのお問い合わせでは、開票の効率化と開票時間の短縮に当たって、数年前、某県某市で、開票台のかさ上げを◎mmされて、実際に県内の下から5位から上位に劇的に躍進出来た実績のある発泡スチロールを上手く使用する方式をアドバイスさせて頂いた。我々のような製作実例を実に沢山開示していると、こうしたアドバイスも可能になるのだろうか。解らないものか。何が何処でお役に立てるのやら。頑張るしかない。


2011年1月18日 冬寒    訪問者数 100名
今日も例の製作を続けた。国内では匿名のソーシャルネットワークが主流で海外では、実名式が増加しているそうだ。実名と言えば、当コーナーは実名なのだから、矢張り、周回遅れで、時代の先端に来ているのだろうか(笑い)。幾つかのお問い合わせも続き、急ぎの製作も重なり、終日バタバタしている。何とか、綱渡りのようにここまで来たのかも知れない。気概だけで根性だけで気力だけで頑張ってここまで来たのかも知れない。と言っても、将来はいつも未知数なのだろう。実際、神戸の地震のように、天災は何の前触れも無い、突然遣ってきて、悲運のどん底に落とされるのが常だし、天災だけでなく、ちょっとした人災などは、もっと頻繁に、いつ何時遣ってくるのか、全く予想も何も合ったものでは無いし、あれこれ先々を考えても仕方の無いことだろうが、最後は、なった時はなった時と、暫く、気持ちの切り替え期間は必要だろうが、それでも、食って行く為に、或いは誰かの為に頑張る以外に無いか。少なくとも、最小限予想される事態に対応するべく、準備は怠り無く進めるべきなのだろうが、では、出来ることとは何か。この先を、謙虚に、真摯に先読み出来るかどうかだろう。お上の経済世界社会のことは、幾つも様々なところで書かれているし、それを読めば、後は自分で判断する位で十分だろう。問題は、今ここにある問題を、どうするのかになる。しかし、長く営業畑で外回りなどして来た人に聞くと、どう考えるかと言うよりも、臨機応変なこちら側の柔軟性を確保しておくことが重要という。つまりは、何が起こるかなんて、所詮起こって見なければ解らない。解らないが、既に起った事には、速やかに、適切に、十分確証ある行動を起こせることが重要なのだという。日頃から、剣を鍛えるように、あらゆる方向から切り込みを入れられても即座に対応する訓練が必要ならしい。では、それは何か。無心の境地何て言われても仕方の無いことか。矢張り、外回りなら外回り回数か。開発なら開発回数か。製造なら製造回数か。組織なら組織化回数か。そして経営なら経営回数か。陣頭指揮なら陣頭指揮回数か。学問なら論文回数か。何と言っても、まず数で勝負しなければならない訳か。


2011年1月17日 冬寒    訪問者数 85名
今日も例の製作を続けた。宇宙航法研からの依頼では、またまたこの不思議の工業立国日本の底力の世界的にも本当は郡を抜いたレベルにあるのだろうとは、我々ど素人が判断しても容易だと思った次第。そりゃ、はやぶさが半身不随の状態でも結果を残したのも理解出来るなあと感心しながら、今回の例の製作を進めている。
あと、前回、例の大学研究所で液体窒素を使った例の深底容器の試験結果を以下に取り合えずまとめた
以下が外形になる
サイズは 外80φ×270mm 内60φ×D深さ250mmの細長い円筒状をしている


ある形状の加工方法と材質を使った場合に液体窒素は漏れなかった


しかし、ある形状でまた異なる加工方法をした試作品の場合は液体窒素は漏れた




以下各2個の同様の加工品を試験用に用意させて頂いた
 1)から3)は底の厚さは同じだが 素材が異なる
 4)から6)は 底の厚さを2倍にして 素材が異なる

 1) ◎◎ 2つとも漏れなし
 2) ××2つとも漏れた
 3) ◎◎ 2つとも漏れない

 4) ××2つとも漏れた
 5) ◎◎1つ漏れ1つ漏れない
 6) ◎◎2つとも漏れない

 この結果、深ものの製作の場合、液体窒素に適した素材は確かに存在するようだ。加工方法と加工の形状にも微妙な違いで、その漏れに影響を与えることが解った。

結果 素材と加工方法の選択を誤らなければ、こう言った細長い試験管タイプの液体窒素容器の製作も可能だろうと判断出来た
                      (ご協力  n大学付属力学研 n様)

※関連ページ




2011年1月15日 冬寒曇    訪問者数 83名
今日も例の製作を続けた。矢張り、発泡スチロールの加工を廃業された所があるのは、昨年秋からでも1社2社ではないようだと、ある筋からの情報で入り、驚いていた。こちらに入った情報でも、他で廃業されたからとのお問い合わせが幾つかあった事からも、つじつまが合った。この業界の全体的な生産量は、一昨年の底から昨年は持ち直して月次でも増加に転じているそうだが、その主だった要因は、日本海側のブリなどの漁獲高の持ち直しがあるようで、加工関係の微減をカバーしているとの事だった。特殊要因としては、住宅用の断熱材の動静が上げられるのだそうだが、加工関係の動きは弱いようだ。弱さの要因は、どうしても、円高による輸入攻勢だろうか。大手でもそうなのだから、我々末端の中小企業では、暴風雨に豪雪と雷雨が重なったような影響を受けるものだろうか。 しかし、だからと言って、このまま、引き下がる訳にも行かず、逆風に抵抗して、何とか頑張るしかないか。次の次を見越して駒を進めるしかないのだろう。円高にしたって、どこまでも何処までも円高が進むのかと思っていたら、どっこい暫く横ばいになっているし、きっと今年は良い事があるさと思いつつ頑張らなければならないしね。では




2011年1月14日 冬寒晴    訪問者数 87名
今日も例の製作を続けた。どういう訳でもないのだが終日バタバタしていた。特段、昨日までとも目立った変化は無いのだが、バタバタしている。一向に解らないものか。師走も過ぎたと言うのにだ。もう正月のおとそ気分が抜けないのならまだ守備範囲内だろうが、とっくに成人式も過ぎ、次のターゲットは節分、そしてバレンタインだろうに、この動きがよく判らない。一点解るのは、4年振りだろうか、またちょこちょこ 幾つかの選挙管理委員会という所からの開票対策としての発泡スチロールのお問い合わせが届くようになって来た点ぐらいだろうか。国勢選挙よりも地方選挙の方が、どうしてなのかも解らないが、問い合わせはあるものか。おっと時間だ。では失礼


2011年1月13日 冬寒晴    訪問者数 95名
今日も例の製作を続けていた。終日バタバタしている。御用立ては不思議なもので重なるものか。今年は、まだ始まって13日というのに、もう1ヶ月は過ぎて正月って遥か遠くに過ぎ去りし感がある。現状前を向いて頑張るしかないか。少しでも余裕があれば良いのだが、全くそうもならず、吹けば何処までも飛んでいくような発泡スチロールをせっせと加工している次第。せめて、足下だけでもしっかり出来れば良いのだが、はかない夢見鳥では終わりたくないものか。おっと、こんな時間だ。では失礼


2011年1月12日 冬寒晴    訪問者数 86名
今日も例の製作を続けた。急ぎの製作も入り、終日バタバタしていた。幾つかのお問い合わせには、まだまだ捨てたものじゃないぞこの国の『ものつくり』と思うに十分な手応えのあるそんなご連絡などもあり、良かった。有難いものだ。だから、この続きも頑張らなければならないなあとも思った。時代は、変化している。情報過多の海の中に、やがて、拒絶的な無思考好み層の増加をいわゆるB層というらしいが、確かに、昔からことわざにある通りなので、特段驚く程でもないか。5年か10年もすれば、電子書籍にとって変わられるのだろうし、その次は、電子書籍すら無い世界になるのだろうか。それとも、或いは、真逆に、紙の書籍が、却って世に受ける世界か。きっと、考える事でも今よりももっと2極化が進むに違いない。では、書籍の世界ではなく、こちらのような『ものつくり』の世界では、どうだろうか。既成品の海の中に、商品の過多が、果たして、既製品への拒絶反応として拡大するのだろうか。解らない。


2011年1月11日 冬寒晴    訪問者数 72名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも続いた。例の開発好きのメーカーが『通信生活』に発表していた新商品をみていて、今後の何かと参考になっていた。昨日は、『総下流時代』(光文社)を読んでいた。丁度、アメリカの住宅バブルの頃に書かれていてその後のリーマンなどを予見していたので凄いなあとも思った。”グロ−バル化”の意味がよく理解できた。本当に、このまま行くと、あと50年もしない間に、著者のいう 「新中世」というような世界的に2極化して、しかもそのまま世界が暗い中世のように固定化が起きるように思えていた。7,8年前だったかテレビで『特命リサーチ200X』何とかと言う番組を記憶しているが、その中の特集で200年後か300年後の社会を予測したものがあったが、それもこの極端に2極化して固定化した未来社会を描いていたので、同じイメージだなあとも思った。IT社会のグローバル現象は、アメリカで売るものをインドの山奥の人件費にて作られるのだから、我々を含めてその他の人件費も長い眼でみれは、やがて、これから先、10年20年の継続的なスパンで、どんどんインドの山奥に収斂して行くのだろうか。それが、WEB3,0或いはWEB4,0のIT社会が、目に見えない形で起している社会変革の正体なのだろうか。解らない。しかし、最近の若い人のように感性の鋭い世代が、次々に、落ちこぼれ、大学卒業後もニートや派遣にて、夢の乏しい生活を余儀なくされている実情を見るに、この「新中世」時代の到来は、もっともっと早まるのではないかとも思えて来た次第だ。では、何によってそこを突破して行けるか。それは可能か。我々は、次に何を作り出せるのかが問題になる。キーワードは相変わらず、ここでは発泡スチロールなのだ。


2011年1月8日 冬寒晴れ    訪問者数 115名
今日も例の製作を続けた。兎に角、前向きに頑張るしかないか。安全確実を狙うなら、一歩一歩の蝸牛の前進が一番だろう。こんな中小企業だが、何らかの技術伝承に「無料ものつくり塾」でも開設出来れば一番面白いに違いない。しかし、如何せん、そうは問屋が卸さず、先立つ丸いものがない悲しみよ。次善の策でもないが、こんなHPにUPするのが精一杯か。後進のお役に立てればいいのだが、はてさて、如何でしょうか。確かに、若い方の貧困と裏腹に余裕のあり過ぎる高齢者が多いのだろうか。



2011年1月7日 冬寒曇り日    訪問者数 85名

今日も例の製作を続けていた。特段変化は見られない。何時ものように、某大学関係の管理という方からは、「商品が届いたが、あて先は 実験棟の○○号室でそれは実験室だから、配達できないぞ」というお電話があった。弊社のウグイス嬢と替わって、内容は既にウグイス嬢から聞いてはいたのだが、取り合えず、「替わりました。どういったことでしょうか」と これは普通の返答形式だと思ったのだが、その担当から「聞いてないのですか」と頭越しのような厳しい第一声には、「郵便物を郵送する場合はあて先を調べて電話番号も記入して送付するのは当然じゃないか」というようなことは 何一つ言われてないのだが、行間がそういう意味に思えて、直ぐに返す言葉が見当たらず、正直、電話をそのままお切りしようかと一瞬迷った。「確かに、大体のことは聞いておりますが、当然もう少し具体的に出来れば詳細にお聞かせ願いたいという意味でございます」とも、一言も言えなかった。さらに突っ込んで、「大学の管理をされているのなら学生さんの名前を宛名に記入しているのだから、そちらで調べれば直ぐに居場所ぐらいは解るのではないのか。管理って、あんた、一体どんなお仕事をされているのか。上から目線で受け払いをこのままお続けされるおつもりなら、上司をだして貰いたい」などとも全く言ってはいないで、口ごもって、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、「すいません」を「もごもご」言った程度だった。嗚呼、これが中小企業なんだなあ。


2011年1月6日 冬曇り    訪問者数 61名
今日も例の製作を続けた。急ぎの製作も幾つか入り、終日バタバタしていた。某銀の会社コンサルタントだって言う30歳ぐらいの若い人がひょっこり営業に来た。恐らく都市銀仕込みのお智慧をぶら下げておられるのだろうか、へが出るような呪文を一通り能書きを垂れてご説明頂けたのだが、今ではさっぱり内容を思い出せない。とりあえず、一応、へへぃーと拝聴したつもりだ。経済学部か商学部の院の卒論には、口頭試験があるだろうし、きっとそこそこの成績で某銀に抜擢採用されて、まだ歳浅く、外回りのアポなしの飛び込み営業の練習にでもと現場に出されておられるのだろうか。確かに、私程度が相手なら、煮込み用のカモか、千枚漬けの重しに もってこいなのだろうと、上層部も判断したか。おっと時間が無い。では、失礼


2011年1月5日 冬曇りのち小雨    訪問者数 62名
今日も例の製作を続けた。まだ、全般に動きはないようだから、とりあえずこの辺で置きたい。世の中、解らないものだ。頑張るしかないし、次の手を準備するにこした事もないのだろう。こうして、こちらに素性を書き込んで10年近いし、きっと WEB上で素性を明かして会話をするってのが、ブログやツイッターや、ミクシの次の流行らしいので、一巡遅れで流行に乗っかることになるのだろうかなあ。


2011年1月4日 冬晴れ    訪問者数 23名
とりあえず 明けましておめでとう御座います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。今日は特に急ぎの製作は無い。この正月を挟んで一部メーカーではブロックのフル生産が継続していると聞いているので、この1月の動きは私のような凡夫の読みとは正反対になるかどうかすらも不明だ。まあ、我々、末端の切ったり貼ったりのものつくりの現場からすれば、殆ど無関係のまま 事態は終始するのかもしれない。翻って、世界は、欧米列強の経済の混沌と波乱の報道とは裏腹に、ブリックス諸国、新ブリックス勢力圏などの経済の拡大が更に継続している様子なので、急変があったとしても世界の大勢には変化なしとなるのだろうか。だから、長いものには巻かれ、冠を正さず、大勢に付いて、この先を予測しながら商売を進めるのが、我々のような中小には間違いない手段なのだろう。しかし、一方で、常に、次の次を開拓し、又は開発していく決意も持ち続けなければならないのが、中小企業の宿命のようなものだろうか。状況は時々刻々変化しているのだから、方針も朝令暮改は当たり前と心得るのが妥当なものだ。こちらから、情勢をくどくど解説するまでも無く、日夜勉強と研削に身を削り、先々を知る努力を続け、会得するべきなのだろうか。何が売れるのか。何が必要とされているのか。何が提案できるのか。この連続だろうかこの一年も



2010年12月30日 冬 訪問者数 36名
ネットと言うのは有難いものか。今日もこうして、ネットの窓口を開けていたら、短い時間であっても、お問い合わせが幾つかあった。もう、完全に正月休みモードなので、「どこへ繋いでも繋がらない」層が今年の年末もあるようだ。よって、年始もそのような層が朝から起きて、元気に動いているのだろう。
そりゃ、そうだろうって、ライフラインは年中動いているし、その維持には誰かが働いているのだし、それに付帯する様々なことがあり、そして発泡スチロールもあるのだしなあ。あの例のアイデア開発マンさんはどうしているのだろうか。あの開発マンさんの特許をまたある開発関係の方にお話ししていたら、先日、またまたその方が 素晴らしい発想で、発泡スチロールを兼用した構造のものが出来ましたとお越し頂いたのだった。きっと、アイデアがアイデアを橋渡しして行くに違いないと悟ったのだった。 一体全体この「発泡スチロール」という素材は何なんだろうか。

※ふと思い出しましたが 定型ブロックをかち割りで販売する案 がありましたね。ネット上で 1820×920×420mmを端から好きなサイズで指定してもらってカットしてお送りする。次の方は、その残ったブロックから好きなサイズを指定してカットしたものをお送りする。残ったサイズからのカットだから
かち割りのようなイメージかなあ。これってどう


2010年12月29日 冬 訪問者数 42名
今日も急ぎの製作となった。本日発送分のため、急いだ。


           【 お知らせ 】
先日 NHKの阪神淡路大震災 の思い出の番組内で、「忘れられないことは?」のアナウンサーの質問に
「畳の大きさで厚さ3センチぐらいの発泡スチロール板の支援物資が思い出に残っています。凍えそうな寒さの中で、毛布の下に敷いたり、仕切りに使ったりで、大変暖かかった思い出が、こころに残っています」と、何方か、ご返答して頂きました。有難う御座います。それは、亡父が、トラックに積んで運んだ支援物資でございます。亡父は、その後、その時の無理が祟って翌年亡くなりましたが、今もこうして、当時のことを語り伝えて頂ける方がおられると言うことは有難い限りでございます。早速、墓前に報告に参ります。有難う御座いました。
                                        合掌



2010年12月28日 冬の稲妻 訪問者数 58名
今日も例の製作を続けた。特段、昨日と変化の無い動きになる。朝から昼にかけて、駆け込みのご注文が数件入り、バタバタしていた。矢張り、例年同様の動きがあるのだろうか。全国的に、順を追って、正月休みに突入して行くので、我々のように遅くまで店を開けているところへと流れる動きだ。これでまた、明日も作業となって来た。
夕方になって、例の大学から液体窒素の特注容器の件で新しい加工方法で完成したものをテストして頂いていたのだが、成功した旨の第一報を頂いた。誠に有難い限りだ。今年も残す僅かに至って、大変うれしいお知らせに嬉しくなった。こうして、少しづつ、本当に少しづつ、歩を進めるしかないのが、我々のようなものつくりの現場だろうか。


2010年12月27日  寒冬  訪問者数 76名

今日も例の製作を続けた。とりあえず、早くも正月モードにあっている。では、また

2010年12月25日    寒冬      訪問者数 75名
今日も例の製作を続けた。寒さも本格的になって来たので、早速、極秘裏に例の軽量土のうくんを使用して、実際にスキー場でどのような効果が期待できるのかどうかの試験が出来ないものか、あれこれ当たってみた。近くには人工スキー場程度しかないので、黙って持ち込みが、仮に出来たとしても、果たして、そんな勝手な実験を出来るスペースがあるのかどうかの問題が当面の課題になる。スキーもしたことの無いド素人には、まるで聖域のようなものか。一番、簡単なのは、先日来出荷した ユーザーに直接 連絡でもして聞いてみるに限るのだが、どうも、それよりも、今回の需要には、思い当たるフシがあって、自分で確認したいと思っていた。広いスキー場にどれだけ並べれば、効果が出てくるのかなどだ。しかし、まだまだ、次々と発泡スチロールの用途は広がっていくものだ。



2010年12月24日 寒冬風      訪問者数 74名
今日も例の製作を続けた。アメリカの偉い学者が人口ピラミッドで47歳が人口構成上、一番増えている時が、好景気になるという説を出しているそうだ。この年代が一番支出が多くなるかららしい。日本では、第二次団塊の世代が今、38歳前後だ。逆に、団塊の世代と第二次団塊の世代の中間の一番少ない世代が今が丁度47歳ぐらいを過ぎようとしているらしい。だから、そこからの予測では、これから10年が徐々に景気が良くなって行くだろうという予測になるようだ。まあ、細かいことは書かない。何でもいい、先々明るい予測なら良しとしたいものだ。それまで、何とか頑張るしかないか。前向きに、ひたすら前向きに必死で頑張って、好景気に辿りつかなければならない。



2010年12月22日 冬至曇      訪問者数 58名
今日も例の製作を続けた。幾つかの急ぎの製作も入り、何時ものようにバタバタしていた。発泡屋さんによっては、この一連の断熱材騒ぎは、砂漠に降る慈雨ってところもあるようだ。つい2ヶ月前まで、人員削減とリストラで 昼夜2部体制の生産を1部のみに削減されていた工場など、昼勤の大幅な残業につぐ残業体制でこの年の瀬を迎えているところもあると聞いた。問題は、皆が皆、一時的なものと予測している点に尽きる。やがて、年を回り、需要面も例年減少する季節に入るし、これだけ増産に次ぐ増産を続けて正月なしの追い込みを全国的に掛けていけば、供給側もダブつくのだろうという考えだ。要は、今の経済事情、景気事情の中で、家が建つのかどうかという判断だろう。果たして、人生で2番目に大きな買い物と言われる自動車の販売数が、エコの停止で、がさっと減ったのだし、人生で一番目に大きな買い物の不動産をおいそれと買ってくれる雰囲気が世間に蔓延しているのかどうかの判断だろうか。ここは難しい先読みになる。一方、海外に目を向けてみる。先進国がどの国も例のリーマン以降、あくせくしている中で、ECでのドイツの経済が注目されている。高い技術力と市場の囲い込みの巧みさによるのだろうか。その動きを参考にして、矢張り、お金は安定を求めているって単純に考えるなら、世界のお金の集まる所は、次は日本なのだろう。問題は、、、、。
      
2010年12月21日 朝霧のち冬雨      訪問者数 92名
今日も例の製作を続けた。年末へ向けてせわしくなって来ている。追い込み作業も幾つか重なり、バタバタしている。頑張るしかないか。「あなたの為だから」って外為の宣伝ではないが、ひとつひとつこなして行く以外に無いのだから。こんな12月の後半にしては、まとまった激しい雨になってきている。ヨーロッパでは、大雪らしいから、地球を半周回ってくる頃には、日本も大雪になるのだろうか。半周するのに1ヶ月か。地球は狭くなってきたものだ。では、この辺で 失礼

   かもかくも 越せぬ越させぬ 年越しに 

                       氷雨もやがて 雪になりぬか



2010年12月20日 暖冬晴       訪問者数 73名
今日も例の製作を続けた。PCを極力見ないようにしていると、目の調子が大分マシになってきた。10年近くこんな慣れない書き込みを続けていると、あちこちにガタが出てくるのだろうか。無理をせず、かと言っても無理をしなければ、我々のような中小では、太刀打ち出来ないことも解りながら、頑張るしかないか。世の中、それでいいのだろうかと幾ら啖呵を切ったところで残念足下を見ると、どうしても黙って頑張る以外にない悲しさよ。__そう言えば、まだ年賀を書いていないなあ。また遅れそうだなあ。窓の外から冬の夕陽を見ていると、ふと「♪何気ない♪心のふれあいが♪幸せを連れて来る♪」と言う歌詞が思い浮かんだ。高校2年の頃だったよな。そんな歌が流行していたっけな。1974年頃だったかなあ。オイルショックがあったのはその辺りだったかなあ。発泡スチロールの製造業は、ボイラーを焚くのに、最後には、コールタールでも混ぜて燃やそうなどという窮地に立っていたっけなあ。それが、4,5年前には、また石油の高騰が起きて窮地になったこともあったよなあ。何とか、乗り切れたのは、不思議なぐらいな訳だ。ところが、その後はリーマンらしい。結局、理由を後付けしても、言い訳でしかないか。なるようにしかならないけど、だからと言って何もしない訳にも行かないものか。実は、今日また、発泡スチロールの加工業をしている他の会社が、廃業したからという知らせが顧客筋から入ってきた。だから、取り扱い品を見積もりして欲しいとの内容だった。実に、居たたまれない思いがした。こんな年末になって、悲しい知らせだった。


2010年12月18日 寒冬空       訪問者数 101名
今日も例の製作を続けた。先日、材木屋さんで頂いた端材で、ブロッくんの在庫置き場の修繕をしていた。床部分が穴が開いたり、歪んだり凹んだりしていたのだが、3センチ厚のベニヤ板の端材をモザイク状に並べて、釘で打ちつけて固定していた。これで当分は大丈夫だろうか。有難いものだ。急ぎのロボコン練習用のグレードを製作し、夕方までバタバタしていた。ロボコンの学生さんだから、ご注文以外に1品、グリコのおまけでは無いが「おまけ」を入れることにしている。きっと若い学生さんが、商品が到着して、梱包を紐解いて、中を開けて「おおー、”おまけ” が入っているぞ」とニコニコされるところが目に浮かぶものだ。それが又たまらなく面白いものだ。他でも、余裕があれば、この”おまけ” を入れたいものか。中を開けて見る人が皆、「おおーグリコのおまけだーー」と喜んでもらえれば、こちらも嬉しくなるのになあ。まあ、出来れば、ナラレバ なんだがなあ。では、失礼



2010年12月17日 寒冬空       訪問者数 111名
今日も例の製作を続けた。昼前、藤井寺の支援学校からお手紙が届いた。


先日購入されたブロッくんを使った「モアイ像」の完成写真と映画『となりのトトロ』
に出てくる「ねこバス」の写真を同封頂けた。












大きなモアイ像だ。ブロッくん丸々1本からのくり抜き加工をされている。研究授業に使われ好評を博してからは、学校の廊下にこうして立っているそうだ。そして、校内行事の際には看板持ちのお役目を頂いて、さらに好評を博しているらしい。




下のねこバスは子供一人分のスペースがあけてあり乗って座れるそうだ。底板にはキャスターがつけてあり、乗せて走らせることが出来るそうで、「どの子供たちもとても喜んで乗ってくれています」とのことだそうだ












次回は、発泡スチロールで椅子を製作中らしい。以前よりウレタンでの椅子が身体に障害を持つ子供たちの為に発売されてはいるが、10万円以上もする高価なもので、学校の予算ではとても手が届かないそうだ。それで、何とか発泡スチロールで作って安く出来ないかどうか、頑張っておられるそうだ。「というのも、ねこバスに乗った子たちが、今まで見せたことのないリラックスした表情を見せたということがあったからです」とお手紙に書いておられる。この「走るねこバス」に乗って活き活きとしている子供たちの笑顔が容易に想像できます。有難う御座いました。



2010年12月16日 寒冬曇       訪問者数 99名
今日も例の製作を続けた。年の瀬になると、昨日もそうだったが、東京の山谷や大阪の釜が碕のニュースがよく話題になる。関西でも、炊き出しの支援に様々な団体が頑張っているようだ。弊社でも、もう、このようなネットを始めた2年後からになるが、毎月1回年12回、米の現物支援を続けて、7年になる。ネットの問い合わせの少ない時は、残念だが、支援米も自腹になるのだが、誰一人文句も無く継続しているものだ。確かに考え方なのかも知れない。誰一人、良い事をしているなんて考えは全く無いし、当たり前のことと言う取り組みなのだろうか。こんな小さな会社では、この負担は本当は実に大きいに違いないと思うが、まあ、いつまで継続できるかどうか、先のことは解らないが、今日までは、ネットのお問い合わせに何とか支えられて続けることが出来たという、それだけで有難いと思うことにしている。こういう会社なのだろう。だから、さらに頑張るしかない。身を引き締め、質素倹約に合い勤め、出るを抑え、何とかこの年の瀬も乗り越えていかなければならない。


2010年12月15日 寒冬曇       訪問者数 88名
今日も例の製作を続けた。年の瀬になりだすと、阪神大震災関連のニュースをよく目にするようになる。あれから16年が経とうとしているのだなあ。先代が亡くなってから15年になる。そして、先々代が亡くなってからだと千里万博の前年だから41年になる。こうして、先々代から3代に渡って、発泡スチロールと関わることになった。先々代の人生の後半のまた後半であったか、また、先代の人生の半分であったか、そして私の場合は、この人生の殆どを発泡スチロールに関わって生きてきた。戦前のことだ。先々代は、若い頃、住友金属系の小さな会社に就職していたらしい。その後、吉野の里で材木の販売をしていたこともあったらしいし、また町へ出てきて北浜の証券会社で働いていたこともあったそうだ。一時期は相当はぶりの良い暮らしもしていたことがあったようだ。そして、風雲急を告げ、お国は、戦時体制に急激に舵を切った時、先々代が採った結論は、好きだった大阪の市電の車掌への転職であった。何故だろうか「負ける戦争と知っていた」らしいとよく聞いた記憶がうっすらとある。車掌なら、徴兵を逃れるというので何らかの手を打って市電の車掌になったらしいのだ。だが、急速に戦局は悪化し、市電もマキで走るようになった後、走らなくなる。そして、終戦。終戦までは、車掌の肩書きのまま疎開して、戦火を逃れて何処かでじっとしていたらしいのだが、大阪にあった亡祖母の戦争で丸焼けになった店が、バラックの掘っ立て小屋のような門構えで再開した後だ。戦後、縁あって丸善ミシンの梱包材の卸しを始めた後、隠れ家からひょっこり出てきたそうだ。一方、先代は、住友工業高校の学生だった為、大阪大空襲の後も、同級生らと、焼けて真っ黒になった死体をリヤカーに山積みして、集積場所に運ぶアルバイトを何日も何日も続けていたそうだ。終戦後は、その時のリヤカーを借り受けて、それを引いて、大阪近郊の農家まで行って藁を買い集め、夜遅くまで縄に編んで焼け野原の大阪の街の道端で売っていたそうだ。そんな風にして稼いだ僅かな日銭で、亡祖母のバラックの店を修繕して行った。 おっと長くなるなあ。ではまた


2010年12月14日 寒冬雨       訪問者数 114名
今日も例の製作を続けた。幾つかの新視点のお問い合わせも頂き、また面白い展開だと関心していた次第。確かに、この発泡スチロールの様々な用途は、常日頃、何となく業界をぼんやりと見ている我々のような つまらない者達よりも、ユーザーの側からの発見が新鮮なものがあるに違いない。この小さな違いだが実の所 大変大きな相違点だろうか。何で、そうなのかと不思議に思う以前に、ごく当たり前のようなポーズで進言が出されるのには、得てして、常識と言う名の非常識の枠内に生息してしまう専門家とは、全く相容れないものの見え方であるに違いない。きっと、それこそが、時の壁を突く動かす原動力なのかも知れない。そして、そのような時代を前進させる力は、若い人には満ち満ちているに違いない。今回の一件でもそう思った。頑張れ、若者!


2010年12月13日 寒冬雨       訪問者数 114名
今日も例の製作を続けた。幾つかのお問い合わせも続き、昼からは時間の空いた時に、今年もあと半月と少々になったし、事務所の窓拭きもしていた。夕方からちょっと急用ができ、こちらの書き込みもままならない。先日、スキー関係のところに軽量土のうくんをお送りした所だったが、先ほどまた他の所から似たようなお問い合わせが入った。軽量土のうくんも実にユーザー様が使用方法を開拓頂けるのであり難いものか。では失礼


2010年12月11日 寒冬雨       訪問者数 95名
今日も例の製作を続けた。こんな自分勝手でグータラな書き込みではあっても、矢張り、結構多くの10代20代のお若い方もよく見に来られるようだから、少し責任を感じている昨今。せめて、ものつくりに対する興味は倍加してお持ち帰り頂けたら幸いなりと思い、また、あれこれと考えていた。例えば、ものを作る楽しさって何だろうか。それは、巷の芸術家に聞けば答えは一つしかないのだろう。時が経ち、ものを考えることを幸か不幸か覚えた我々に、究極的な関心事として今そこに在るそれそのものを、キャンパスでも何でもいいが、よりハッキリと、より正確に、或いは在るべき本来の姿として、時に美しく、時に現実を超えた最善のものとして表現しようとすることが我々の営みの全てと言ってしまったほうが良いのだろうか。その中で、在るべき本来のより良き姿に接近するために、例えば、工夫して道具を使うように、技術をもって表現して行くことが、この「もの作り」という事だろう。ものを作る大学まであるのだし、国内でも戦前から、ものつくりを考える学派まで列記と存在して来たのだから、この意味はとても奥深いに違いない。ものを作るとは何か、ここから始めなければ、全てはつけ刃で終わるだろう。より良き社会を作るために産業があってみて、その産業の中に製品があってみて、その製品をつくる技術を高め、さらに良き製品をつくることなのか?ではその良き社会とは、何だったのか、良き技術によって更に生活を向上させていく工業化社会なのだろうが、ではその社会って何なのか、或いは、そこに暮らす我々の生活って何なのか、を考える時、必ず通過しなければならない歴史的な先人達の探求の営みを、再度糧に或いは、キーワードにして、次の次を、こうだと提案する必要性が、これの意味なのかも知れない。では、



2010年12月10日 寒晴       訪問者数 102名
今日も例の製作を続けた。本来、住居に断熱材をたっぷり使うことは、エコ以前に、健康にも或いは節約にも 何かと良いことではあるに違いない。冬暖かく、夏涼しいのだから、高温多湿の我々の気候風土には欠かせないもので合った筈だろう。問題は、経済効率のほうになるのだろう。だから、こうして、お上のほうから決まってきた今回の動きは、相当激しい動きと覚悟するべきなのかも知れないし、早速他業界からの食指の噂も数社から入ってきた次第。まあ、そんなことをよそ目に、我々中小企業は、決して、背伸び高飛びをしては行けない場面に違いない。所詮、一時的な需給であって、それに振り回されては、古くからの顧客を失うだけだ。そして、もっと、トンボのめがねのように、広角レンズで世の中を見て行かなければならないに違いない。長続きするにはどうするべきか。細々とでも、5代目10代目と継続することが出来たのなら、きっと100年目には蔵ぐらいは建てるだろうって思わなければならない。では、細々とでも商売を継続させて行くには、果たしてどうするべきか。どんな手を打って行くべきか。再度、新規開発と開拓に頑張るべきか。この業界のおかれた砂上の楼閣のような構造に轍を打つにはどうするべきか。よくよく考えて行かなければならない。陣頭指揮に率先垂範に、常在戦場にと押し出して行かなければならないのは常にトップの守備範囲であるのだろうか。前向きに、倒れるまで頑張るしかない。倒れて後に止む覚悟で一歩また一歩と進むしかない。時に情報の収集に励み、時にこの時代を論じ、そして足下の寄って立つところを省みる。


2010年12月9日 寒冬晴       訪問者数 92名
今日も例の製作を進めた。寒い中、幾つかのお問い合わせも入り、ひとつ又ひとつ お答えを繰り返して一日となった。このタイミングでなければ出来ないこともあるし、例の件で試行錯誤を繰り返してもいた。焦るでもなし、かと言って、集中しないでもなし、情報収集と想像力の構築に紙と鉛筆は必要であろうし、具体化にはさらに、発泡スチロールのように加工の簡単な素材は必須アイテムなのかもしれないと、つくづく思っていた次第。とは言え、初めての方には、如何にご説明するよりも、矢張り、一度触ってお試しあれと言うに限るとも思った。端材でもよければ差し上げる。一度、ご自分の手でものつくりの感触を味わって頂いてから最終決断をされても遅くは無いとも思った。プロになればなるほど、高価な加工道具はお持ちで無い。簡単過ぎるほど簡単な道具をさらに自分なりにアレンジして使用されている。後は、心の赴くまま、感性に従って形に自分を投影するのみなのかも知れない。


2010年12月8日 小寒冬       訪問者数 117名
今日も例の製作を続けた。まだまだ、冬らしくないような気がするのだが、それでも少しずつ季節は移っている。バタバタしても仕方ない。今出来ることを今するしか他に無い。何とも、怖いような立ち位置に入って丸1週間が経った。嵐の前の静けさなのか、はたまた これが現実なのだろうか。さっぱり判らない。少なくとも、発泡スチロールで家は建たないのは事実だろう。(※発泡スチロール製の家のことではない。発泡スチロール製の家は、巷でも随分増えて来たと思う。)我々のような中小では、細かい他の受けたがらない隙間産業として活路を見出す以外に無いのかもしれない。頑張るしかない。




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      の里から

 


 巨大いちご製作と
27mケーキの話


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『青春のかけら 半ズボンのポッケ』
 





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 もう8年も前になりますか。こちらのHPを見たのがそもそもの始まりでした





漫画家 鎌田洋次くんは


Wikipedia『ウィキペディア』 「鎌田洋次」くんのコーナー

に紹介されています





だからタカラヅカ!!
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第69回美術文化展巡回作品展から

入賞作品の紹介
                        
 

入賞おめでとう御座います


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